2009.10.20

始まりのワンシーン

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目の前にはサトウキビ畑が広がり
その向こうには月明かりに照らされた群青色の海がある

彼女は大きく息を吸ってから道端の上で大の字になり、
空を眺めて星を見つめていた

電話の向こう側にはどうやら別の世界があるらしい

受話器越しに聞くその世界に、僕はしばらく酔いしれた

僕の現実は人が群がり集まり、コンクリートで固められた町で
生きている

日々それらの狭間を潜り抜けて、走り出す生活も、
もう何年過ぎたというのだろうか

風の音、潮の香りと輝く星の光 美しく幻想的な夢と時間

人の声、車の騒音と人工的に作り出された色、歪んだ現実と過去



この二つの対比的な世界は、余計僕たちを物語りへと駆り立てるのだった



今日も何色でもない無機質なモノトーンで配色されたこの街は、
相変わらず日常へといざなう

ここは群青色の海も、南特有の生暖かい全てを幻想的にさせる風もない
しかしながら僕はこの街に溶け合い、どこかでそれを欲してさえいた

いつの間にかこの街の、通り過ぎるいくつもの雑踏と僕は共存していた

僕自身はこの街の雑踏からすれば、同色の住人にすぎないのだ


「台風が過ぎ去った跡みたい」だと彼女は電話越しに今の心境を話した

彼女にはまだ出会ったこともない
それでも僕は彼女の心の「今」がよく理解できた、そんな気がした

彼女の声からは南のゆるい風が吹く

幻想でもいい
物語の続きを描きに

僕は旅の準備を始めた



何かが変わりだそうとしていた


胸の鼓動の高まりは
時間をも刻むこの街の光りから解放させ、
僕はこの街の雑踏な同色の住人から
南のゆるい風に吹かれた旅人となっていた


バックには紫色のスケッチブックと長さの不揃いな色鉛筆たち
そしてソーダ水だけが入っている
他には何も必要がなかった


そうそれは幻想でもいい物語を描くための旅


時々受話器の向こうから南のゆるい風が吹き、
紫色のスケッチブックが微笑んでゆく

そして色とりどりに飾られていった


幻想でもいい物語


やがて現実へと形を変え始めた頃
雑踏なこの街にも南のゆるい風が吹き僕らを包み込んでいった


何色でもない無機質なモノトーンで配色されたこの街が、
まるで浄化されていくかのように次第に色づけされているようだった


僕の目には、それがはっきりと映しだされていた

少しずつ足されていく色に僕の何かははじまりを想った

今日は新月らしい
光は闇に溶け、闇は光に解けていく

始まりの合図がどこからか聞こえた気がして
僕は荷物をまとめた


行き先を決めない旅は久しぶりだった

ふと夏をすっかり手放した空を仰いだ
普段は何も気に留めない空も
なんだかこんな日は特別に映った

トラベラーたちが行き交う旅の始まりの場所は
行き先と現在の場所が共存し
居場所を曖昧に、心をニュートラルにさせる

南の
何処かへ

何処かから聞こえてくる
遠い懐かしい記憶をやさしくなぞる様に


僕はそっと紫色のスケッチブックを開いた








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