2009.02.11

自分だけの音楽

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人生は民族音楽に似ている
それが短調なのか
長調なのか
誰にも分からない

Edvard Grieg


自然界はドでもレでもなく分けられない音を持っている
私たち人間も同じように、平均律では括れない音を持っている

見渡してみれば近年の発展によって
物は大量につくられ大量に捨てられ、
無機質なそういった繰り返しの中で、
物の伊吹やその背景にある人の姿が見えにくくなっている

いつの間にか平均律の中で自分を定め、
その中でのみ生まれる絶対的な音のやり取りを、
いつしか私たちは音楽と呼ぶようになった

民族音楽は「癒し」だという
はっきりいってこう感じる事は人類上の危機だと思う

そう感じてしまうようになった人類に違和感を感じる一方で、
本質的な気づきへのプロセスなのだとも思う

オカルト的でお手軽な気づきではなく、
もっと自分の呼吸を確かめ、生をなぞっていくような
自分の発する声に耳を傾け、自分の音を発見するような

そんな気づきの旅の真っ直中に在ると思う

平均律からズレてしまう事、マイノリティになる事へ
近年人は恐れ、否定をし、排除しようと試みた

しかし自然も、人もそう単純ではない
それぞれに自分の音を持ち、旋律を持つ
それは変えられない真実なのだ


毎日、それはまるで物質主義への通過儀礼のように
当たり前のように繰り返される
通勤ラッシュ時の人身事故のアナウンス

鬱病なんて言われて薬漬けのサラリーマンが
この国の水底に何万人ともいる


民族音楽が、わたしの唄が
その大勢のうちの片隅でも、
自分に眠る音を思い出させることができたらうれしい


自分だけの
あなただけの
音楽を

わたしは聴きたい





***
満月あけ、満ちて解き放つとき
みなさんお元気ですか

わたしはあまりにも早い、流れのなかにいます

それははじめから一本の糸だったように
パズルを組み立てていくように

とってもスムーズに事は起きていて
心地よい時空の波乗りをしています

たくさんの始まりを迎え
たくさんの手放しのなか

いつも想うことがあります
それは目頭が熱くなるくらいのありがとうの気持ち

いろんな人にいろんな環境に助けられて
こうやって動けることへ感謝でいっぱいです


たくさんのみんな、
あの人も、あの空も、あの音楽も、
あの夜も、あの過去も、あの夢も

みんなありがとう






人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
ふたつの明星を 与えてくれた
その目をひらくと はっきりとわかる
白いものと黒いもの 空の高みの 星の深さ
人ごみのなかの 愛する人


人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
疲れた足を歩かせてくれる力
わたしは歩く 街をぬけ ぬかるみをぬけ
浜辺と荒野 山々と平原
あなたの家 あなたの通り あなたの中庭へ


人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
笑いをくれた 涙をくれた
だからわたしは 歓びと痛みの違いがわかる
それらはすべて わたしの歌をかたち作るもの
この歌はあなたたちの歌 同じ歌
みんなの歌 わたし自身の歌

Violeta Parra 「Gracias a la Vida」より

















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