2009.01.11

あの場所へ

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原色の色彩をまとった人をみた

まどろみ安らかに、朝焼けと緑のにおいを含んだ霧の中、
祈りをささげ花びらを天にかざす人の後ろ姿

心の中の、心の中の、端の方で
幾度となく憧れていたその風景に

私は出会ったのだった

それは紛れもなく
あの場所に居る自分自身だった



夢をみてそれに従い自分の行き先を決めるなんて
馬鹿げたことかもしれない

私を大切に想っている人は皆、口をそろえ
愛情をこめて辞めた方がいいと言うだろう

それでもいったん私の中に落とされた、
その一粒の足跡は、
しっかりと私の心に染み付いて
幾何学状の模様を描いて離れない

時に意思は怖いもの知らずに
行き先を決めることがある

そして何よりも自分にしか理解不能な
そういった意思のために私は生きている


時々私は樹海でしか生きられない苔のようなものだ
と思う時がある

雨の水を待ち、森の吐き出した水をふくみ、
僅かな光を命にし、
死に逝くであろう人に踏み潰されながら、
それでも生きようとする生命力の塊のような


一瞬たりとも死んではいけない


そう刻まれた何かは生命力に溢れているという一方で、
短絡的な欲の中で生を投影している動物ともいえるのかもしれない


湧き上がる意思を止めて生きるということに慣れていたら、
どんなに世界を楽に生きられるだろう

自分にとって利益的なこと、予定している計画を優先して
生きている人にとっては、私は異端者にすぎない

私と同じ夢をみたところで、何もなかったように
それが何の意味も持たずに通り過ぎるに決まっている


ブーゲンビリアが美しいと思う


太陽の火を纏ったような、赤い血を滲ませたような、
あの原色に私の心は美しいと反応する

反応して私は呼び覚まそうとする
細胞に、魂にその美しさの欠片を探す


ただそんな生をまっとうしたいだけなのだ





***
今日は満月
満ちてゆく光のなか、どんな日を過ごしていますか

私は沖縄の久高島で年越ししました
前回の新月blog更新できなくてごめんなさい

久高島での出来事を言葉にうまくできないけど、
ただ私は再び帰る時にあの島に帰ってきて、
発ち行く時にまた新しい旅が始まったのだなと思っています

最近自分のなかでつくりあげられた何かが
いい意味で崩れていく瞬間によく出合います

それは「よく分かっている」と感じてた自分を手放し
向き合っているからなのかもしれません

ただ、心が動くほうへ、
アカシックで気持ちがいいと思えることを
選んでいこうと思っています

すてきな日々を


sonora





















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