2007.09.19

カケラ

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カケラを探しているような旅

不完全な、何かが欠けた自分を満たすため
私は唄を歌っているのかもしれない

ヴィンセント・ギャロやマーク・ロスコというアーティストがいるが、
私の心の一部は彼らに引きつけられる

それは「メランコリア」とか「メメントモリ」といった言葉の
響きに惹かれる事にも似ている気がする

それは一見、闇ともみれる表現が、表現することでアートになり
それが人の生と性を感じさせる、美しい色彩を奏でるからだ

子どものように無邪気でわがまま
そして純粋で無垢

それゆえ秒単位で動く、忙しい物質主義の社会では適応できない
時に人はそれを「変わり者だ」とか「怠け者だ」とか嘆くだろう

現代の社会でどれだけの「変わり者」が放浪しているだろう

発展してモノが溢れ裕福になったはずなのに
満たされない何かを、探し求めて彷徨っている人は増えている

変わり者のすべての人がアーティストになれればいい
そう簡単にはいかないと諦める人もたくさんいる

我慢と遠慮への美学を自分の心を殺しても求めようとして
それはね、大人になることだよといって
歩幅を合わせて涙を我慢する

私はわがままで我慢ができない子どもだ
それでいいともどこかで思っている

アートとして表現するときに、大人びた飾りをつけられない
という単純さがそう思わせているのかもしれない

赤を塗りたいのに青を塗れば、それは自分の絵ではない
ただそう思うからだ


心を亡くすと書いて「忙(しい)」と書く
私には心を捨てる勇気がもてない

だから未熟で不完全な自分のカケラを探して
唄を歌っていくという、大海原への航海の旅へ
その勇気を代わりに持つことにしている
















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