2018.04.09

春が来た




春が来た。

手放そうと思っても手放せなかったもの、
長年にわたりしがみついていたものが、

手放す、と決めた途端に

その輝きは自らの美化によって
生まれていたと知る。

そのもの本来の姿を何のフレームや飾りもなく
見ることを思い出すために、

過去から未来へと向かう旅の道中-通過儀礼-で
人は必要な時期に必要なタイミングで
自らの真実と遭遇するのかも知れない。

いまやっとその通過儀礼を終え、
次の旅の扉が開いて目の前まで来ている、
そんな旅の途中にいる。


時として日常はある意味で感覚を鈍感にさせ、
未来への冒険心や希望を生温い不安感で打ち消してしまう。

結局その日常の打破に6年もの時間を費やしてしまった。


長かった。

しかしきっとそれには、
留まらないと分からなかった学びと
理由があったのだと思う。


南の島から横浜へ帰ってきたあの頃は傷だらけだった。
まさに人生の底辺を見ていた時期だった。

これだけの時間がかかったのは、きっとその傷や自分と
向き合わざるを得なかったからだ。

自由にのびのびと生きていた自分を完全に捨て、
「普遍的な毎日」を生きることで、
正直わたしは救われていた。

そうやって過去の自分という存在を一旦消すことでしか
息をすることが出来なかったのだ。



ステージを降りて、
人生で初めて組織に入りOLになった6年前、

どうしたって鏡に映る制服姿の自分自身へは
違和感しか感じなかった。

それはまるで七五三で初めて
口紅を引いてもらった時のような

そこにあるはずもないものがあるような
なんとも言えない違和感だった。

それでも今では制服の着こなし方もペルソナの演じ方も、
人それぞれの幸せがあるということも、
黒いストッキングのスムーズな履き方も

習得し学んだ。

人からどう見られているかはさておいて、
わたし自身はもうペルソナに対して、

本来の自分から離れてしまうという恐怖と
葛藤することは完全になくなり、

むしろOLとしての自分を演じることが
自分の一部として受け入れられ、

そんな自分も楽しいと感じる瞬間すらあった。


それでももう十分だと感じ手放せたきっかけは、

皮肉にも集団になると人間が持ち合わせてしまう
業-自らの心が満たされないことを他者への
批判や憎悪で埋めようとする世界-
に対してのある種の諦めと、

業を受け入れてまで自分が此処に
居続ける理由がなくなったからだ。


まさにその「業」との関わりこそが
抜け出せないでいた生温い日常を破壊し、
わたしを前に進ませてくれた。



組織に所属すれば安定していると言われるが、
わたしにはそれは本当の意味での安定に感じなかった。

自分で考えたり、努力してより良くしようと
行動するというシーンに遭遇することは
殆どないといっても過言ではないくらい、

余計なことは誰もしないという風潮が組織にはあり、
いつも誰かや何かのせいにして、被害者であり
クリエイターにはなろうとはしない人が圧倒的に多かった。

いかにいい仕事をやり遂げるかということより、
何がより良くするかを力を合わせて考えるということより、

足並みを揃え余計なことをせず、
主張もせず我慢して耐えることが正しいとされ、

それ以外のものは完全に異質でしかなかった。


わたしは組織の人びとには異質の存在だったのだと思う。

靡かないし、良いものは良いと思って生きているし、
正直に、それを堂々と行動で示してくる、
そんな異質なものに対しての恐怖心からか、

周りは必死にそんな存在を
排除しようとしているように感じた。



愛が欲しいと心が飢えている人は
この世には溢れるほどたくさんいる。

彼らは愛は自らにある、
ということをすっかり忘れてしまっていて、
愛を自分以外の何かにあると信じ、
欲しい欲しいと必死で探しているのだ。


わたしには少なくても愛は自らにあるもので
それは減るものではないのだという
経験と学び、その思いがあるので、
心はいつも愛で満たされていると感じている。

だから他人や環境に愛を渇望することはないし、
自らを肯定したいがために批判したり比較したり
することは何も生まないと信じ生きている。

しかし足りないと思い込んでいる人びとにとってみれば、
わたしのような存在は理解が出来ないし、
疎ましいし、のうのうと楽に生きているように感じて
虐めたくもなるのだ。


そしてまさに愛はみなくてよかった闇をも
みさせてしまうという一面もある。

わたしも含め全ての人間が持ち合わせている
その闇を覆い隠すかのように、
そして闇を否定するかのように、
くだらない虐め、パワハラ、セクハラなどの類いは
人が集団になれば何処にでも存在していた。

虐めることで自分の人生を肯定したい人びとが、
得体の知れないわたしを怖れ、嫌がらせをした。



感じる。
だからこそ傷つく。

嫌がらせを受け、理由のみえない下らないパワハラがあり、
歪んだ自尊心からのセクハラがあり、
心を持つ人として何も感じないはずはない。

むしろ感じなくなってしまったら終わりだと思っていた所もあり、
歪みに傷はついても歪みそのものに完全に飲み込まれないための
手段として「感じること」それが唯一の命綱だったとも思う。



そこから立ち去ることをせず、
それでもわたしはそれに耐えた。

なぜ立ち去れなかったのか。

それはまず第一にきっと歪んだ世界にいると
順応しようと自分を守る本能のような
自然の摂理が働き、自分がおかしいのかも知れない、
心が弱いのかもしれないと言い聞かせ、
耐えることが美しいと錯覚してしまうからだ。

わたしには客観性や努力が足りないのだと思い込み、
何かに理由をつけ本来の姿を奥へと隠してしまっていた。


そして第二の理由として、
まさに他を鏡にして映る自らの闇を
まだ受け入れきれなかったのだ。

被害者から脱して創造者になるための、
誰もが持つ内にある闇と光の融合=神性
を知るためのそれは大きな学びだった。



いつのまにか時は流れ、多くの月日が経っていた。

しかしながらやはりいつまでもそんな歪みに
わたしが同化できるはずもなく、
歪みのスパイラルをも超える魂の意志が、

器をはみ出して声を出し始めた。

声に呼応してまるで自らの意志を確認するように
前兆や合図に応えると、

不思議と道は拓けていった。

そして複雑に糸を絡めていたのは被害者になりきっていた
自らの思考であったことを知ったのだ。

その気づきには大きな痛みも伴ったけれど、
ひとつひとつどうにか乗り越え此処まで辿り着いた。

以前はそれらの「業」や「歪み」と戦ったり、
排除して悲しくなったり、
葛藤したりしてわたしは被害者でいることが出来たけれど、

自分にとってその時間がとても無駄に思い始め、
創造的ではないし、
答えや解決方法なんていつも生まれないことを知り、
今ではただただ全ての人びとの幸せを祈ることしか
出来ないことなのだと知った。


わたしがみていた組織や集団、
人びとの持つ闇は、自らの
「歪みを受け入れてしまう」闇だった。

そしていま、もうその闇はわたしにとって
何の意味も持たなくなったのだ。

だからきっと終止符を打ち、
手放すことが出来た。



旅は繰り返し続く。

どんな場所にいてどんなわたしでいても
ずっと学びの連続だ。

それでもどんなときもわたしには愛がある。

そしてこの6年で見て感じて学んだことが
魂に深く刻まれ、糧としてある。


いま此処にあるのは闇という姿をした光への感謝だけだ。

光も闇もそれはきっと愛の仮の姿だから。


ありがとう。これからも。

この命が星になるまで

燃え尽きる日まで


生きることを続けていきます。



節目の日に
あいをこめて






photo by bozzo






6/1で6年近く働いていた今の仕事を辞めることを
今日上司に伝えました。

わたしの中のひとつの区切りです。

6/1以降はしばらくゆっくり好きなことをしたり
学びたいことを学んで
行きたい場所へ行き

自分の好きなことだけで生きれるように
道をつくっていく予定です

もちろん唄も
来週は新潟の大好きな場所湯沢のgaiaにてliveします☆


こんなにたくさんの長い文を
読んでくれてありがとうございます

みなさんもすてきな日々を


love









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