2009.01.23

創造者へ

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私は待ち人だ

創造者が気が狂ったように創る
芸術を待つ、待ち人だ

私は相変わらず気に入った飾りを身にまとい
帰り道をいつも通りになぞり

雨の中、走り出す風に吹かれて
やっと日常を手放し瞑想しているような
そんなありふれた日々を過ごしている、待ち人だ

相変わらず創造者のあなたは引きこもっている

あなたの創造を待つ時
ありきたりな私の日常を、蔑ろにされている気がして
心が落ち着かない

そんな時ふと先人たちの軌跡にふれる
そうすると嘘みたいに手放しに似た、あきらめがつくのだ

ピカソやクレー、
岡本太郎や宮崎駿

天才と呼ばれた彼らもみな、
そうやって自分のアトリエ=殻に引きこもり、
創造の中で生を感じ生きていたに違いない

自分の世界での王になり、監督となり、主人公となり
到底、周りが理解しようにも出来ない
そんな芸術と向き合っているのだ

こちらがそんな時間が永遠に続くのではないかと思った頃、
ぶっきらぼうに「コーヒー」と言って
どこかやりきった輝きの欠片を叩きながら
アトリエからのそっと出てくる

微かに油絵の具のにおいが香って
それがとても愛おしくて
舞台の幕が上がる時のような興奮に包まれて

今度こそ言おうと意気込んで並べた女の言葉たちが
何処かへ消えて

その時私たち待ち人はきっと
すべてを許してしまうのだと思う

創造の邪魔は出来ない
心情を語ることも、賭や駆け引きも通用しない

創造の邪魔をすれば
あなたの存在という灯火を消すことになる



私は日常のありふれた、ありきたりの色を唄う
待ち人だ

あなたの創り出す芸術に出会うのを
あなたの分身たちを
あなたの端切れを

今もこうやって
静寂と隙間からの微かな光のなかで

待っている







「この世では私は理解されない
いまだ生をうけてないものや、死者のもとに私がいるからだ
創造の魂に普通よりも近付いているからだ
だが、それほど近付いたわけでもあるまい」

Paul Klee





***
今日は新月の3日前

東京・渋谷のbunkamuraで開催している
「Masterpieces of Kunstsammlung Nordrhein - Westfalen
20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」

へ行ってきました

パウル・クレーの実物の展示を見たのははじめて
気に入った絵の前でしばらく佇んでいました

わたしは虹色に最大限の色彩の表現力を感じます

即興で生まれた流動性のある虹色の色彩と
丹念に繰り返し修正され、創造を構築した軌跡の狭間で
作者の魂の虹色を垣間見た気がして、こころが穏やかに揺れました

引きつける色彩
その創造のプロセスのなかで
たくさんの未知数な色が飛び交い

わたしはそれを到底計り知ることは出来ないけれど
完成された、その一枚の芸術に出会う度に

自分の存在価値がマクロコスモスのような
大きな存在に認められた気がしてうれしくなります




はじまりのとき
最近、あらたな出会いが多くとてもわくわくします

どの出会いも、以前何処かで出会った事のあるような
親近感があります

そのうちの一人がパートナーの話をしていた時、

「看取るつもり」

そう小さくつぶやきました

さりげなく放たれた言葉がとても美しく
しばらくこころに漂い浮かんでいました

わたしは死は最高の祝福だと思っています

死とは舞台を下り花束を受け取る瞬間であり、
同時に始まりであるとも思うのです

その瞬間に立ち会うという想い
生と生の繋がりのなかで、
そう簡単には発せない言葉だと思います


はじまりの時は気づきが多いものなのかもしれません

山登りの途中では分からなかった景色に出会う時

自分が今まで登ってきた山のことを気づける時であり、
これから登ろうとしている山を見渡すことができる時でもあります

だからこそ葛藤したり、自分の意志を確認したり

わたしは泣きながらでも、たとえ失敗してしまっても
このはじまりの高揚感を人生のなかで見落とさないように
こうやって繰り返し旅を続けているのかもしれません



すべてのすべてにありがとう
4月から南の小さな島へゆきます



はじまりの唄とともに
あいをこめて



















Posted at 23:41 | 創造者へ | COM(0) |
2009.01.11

あの場所へ

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原色の色彩をまとった人をみた

まどろみ安らかに、朝焼けと緑のにおいを含んだ霧の中、
祈りをささげ花びらを天にかざす人の後ろ姿

心の中の、心の中の、端の方で
幾度となく憧れていたその風景に

私は出会ったのだった

それは紛れもなく
あの場所に居る自分自身だった



夢をみてそれに従い自分の行き先を決めるなんて
馬鹿げたことかもしれない

私を大切に想っている人は皆、口をそろえ
愛情をこめて辞めた方がいいと言うだろう

それでもいったん私の中に落とされた、
その一粒の足跡は、
しっかりと私の心に染み付いて
幾何学状の模様を描いて離れない

時に意思は怖いもの知らずに
行き先を決めることがある

そして何よりも自分にしか理解不能な
そういった意思のために私は生きている


時々私は樹海でしか生きられない苔のようなものだ
と思う時がある

雨の水を待ち、森の吐き出した水をふくみ、
僅かな光を命にし、
死に逝くであろう人に踏み潰されながら、
それでも生きようとする生命力の塊のような


一瞬たりとも死んではいけない


そう刻まれた何かは生命力に溢れているという一方で、
短絡的な欲の中で生を投影している動物ともいえるのかもしれない


湧き上がる意思を止めて生きるということに慣れていたら、
どんなに世界を楽に生きられるだろう

自分にとって利益的なこと、予定している計画を優先して
生きている人にとっては、私は異端者にすぎない

私と同じ夢をみたところで、何もなかったように
それが何の意味も持たずに通り過ぎるに決まっている


ブーゲンビリアが美しいと思う


太陽の火を纏ったような、赤い血を滲ませたような、
あの原色に私の心は美しいと反応する

反応して私は呼び覚まそうとする
細胞に、魂にその美しさの欠片を探す


ただそんな生をまっとうしたいだけなのだ





***
今日は満月
満ちてゆく光のなか、どんな日を過ごしていますか

私は沖縄の久高島で年越ししました
前回の新月blog更新できなくてごめんなさい

久高島での出来事を言葉にうまくできないけど、
ただ私は再び帰る時にあの島に帰ってきて、
発ち行く時にまた新しい旅が始まったのだなと思っています

最近自分のなかでつくりあげられた何かが
いい意味で崩れていく瞬間によく出合います

それは「よく分かっている」と感じてた自分を手放し
向き合っているからなのかもしれません

ただ、心が動くほうへ、
アカシックで気持ちがいいと思えることを
選んでいこうと思っています

すてきな日々を


sonora





















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