2008.02.26

たいせつなこと

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夜明け前の静寂に
一瞬、もう二度と光を見られないのかと錯覚してしまっても
必ずいつも毎日のはじまりとともに光がおとずれる

自ら闇が光を見せるためにあらわれ
真実に出会うための必要な路を
ひいてくれることがある

光の春は涙を乾かし
真実をある本を通してみせてくれた


『The Secret』


あまりにもポジティブな言葉達であふれ
言葉というよりむしろリズムとしての余韻を残す文

宇宙と呼応できる術をいとも簡単に提示していて
下を向いていた魂が上を向くような
抽象的にしか言えないけど
そんな本だ

この本に出会って気づいたことがある

私はどこかで
幸せであること
信じること
ポジティブなこと
を恐れていた ということだ

こころに逃げ道や隙間をつくっておけば、
傷ついた時に少しやさしい傷ですむんじゃないかと
思っていた

でもそれこそが哀しみや絶望を生み
恐れや不安に結局、疲れて傷ついて
ネガティブな波に揺られていた


いまやニュースはネガティブな情報であふれ
それはネガティブな情報へのニーズがあるから
成り立っているわけで、
知らず知らずのうちに社会にネガティブな悪循環が蔓延している

平和運動が悪いとは言わないけれど、
悪に対して怒り、笑わず戦うのは
悪とある意味同じで、悪を余計に広がらせるだけだ


『The Secret』にこんな一説がある

「否定的なことに焦点を合わせることで、
世界を救うことは出来ません。

世界の否定的な出来事に焦点を合わせると
それをもっと悪化させ、同時に自分の人生にも
否定的なものを引き寄せてしまいます。」



愛すること
許すこと
信じること
感謝すること


慈悲のこころは
ダライラマや歴史上のアバターたちだけのものではない


人を愛した時に
自然に愛し、許し、信じ、感謝することが出来るように

がんばって努力を強いてあるものでないように
こころを所有したり疑ったりしなくてもいいように

それは本来自然な事なのかもしれない


何回でも読み直そうと思う
ネガティブな思考に揺れる癖が消えるまで



たいせつなこと


人を愛するように
自分を愛そうと想う












Posted at 22:31 | ひとりごと |
2008.02.17

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帰り際の電車の中で泣いた

泣き虫なくせに最近の心は防波堤のような
かたい囲いがあって 心は涙を流すことを忘れていた

久しぶりの涙がよりによって電車の中だなんて
よっぽど心は涙を我慢していたんだなと思う


沖縄に、大切な縁のある人が住んでいる
久しぶりに連絡をしてその人の声をきいた

久しぶりの声は
すごくたくましさを増している気がして

大木の根のように
しっかりとした安心感を与える何かがあった


なぜ関東に沖縄を離れて戻ったのかときかれた

私は都会から逃げて沖縄に住んだ事に、ある時気づいて
それから自分のやりたいことに本気で接する為に
こっちに帰ってきた と答えた

その人は
「自分も逃げて沖縄に来たのかもしれない。
でもまたそんな自分に逃げるのが嫌でさ。
自分の中でちゃんと跡をつけたいんだ。」
と答えた

私はその言葉をきいてから
跡というその言葉がずっと心にループして

それは新しいなにか衝撃が心に響いたような
言い換えれば、強い魂に触れて、自分の魂が震え立つような
そんな感覚が充満して、拭えなかった


私は沖縄を離れて帰ってきてからの3年間の記憶をあさった

その記憶はまるでストーリーのないモノクロ映画のように感じられて
かすかに浮かぶ旅の記憶とライブの記憶が
やっと色を見せるくらいで
自分自身の中で「これ」といった跡を見いだせなかった

自分は跡をつけれているのだろうか自問した

大好きな島の生活を離れて
都会の雑踏に時に順応しているふりをして
時に道を踏み外して

それでも選んだこの路の中で

私は本当に真っ正面にやりたいことにぶつかっているのか
やりたいということに満足してしまって
一番こわいところに勇気を出して進むことを、逃げてるんじゃないか

頭の中で、どんな過去も必要なプロセス とか
どんな生き方もちゃんと跡をつけられている とか
そうなだめてみても
自問は止まらなかった

跡を自分の中で明確にビジョンや言葉にも表現できないこと
3年間、あまりにもあっという間にその時が過ぎていたこと

そして何よりも自分の中で原色の跡が浮かばなかったことが

悔しかった


いつもと同じ帰りみち
いつもと同じ行き先の電車

疲れきった仕事帰りの人が寄りかかって寝ている
いつもと同じ電車の すみに座って

気を抜いたその瞬間、その悔しさが心いっぱいに風を吹かして
涙が溢れた


時に今という瞬間に精一杯になってもいい
回り道をしたっていい
誰かに甘えたっていい

自分が自分であるために

自分が自分の中にちゃんと
跡を残せるような生き方をしたい



電車から降りて冬の冷たく研ぎ澄まされた空気に触れて
澄んだ星空を見上げたら


久しぶりの涙の雨は止んでいた














Posted at 01:23 | ひとりごと |
2008.02.03

加計呂麻島に

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加計呂麻島に行こうと思う

加計呂麻島は奄美大島から少し離れた所にある島だ
奄美の唄い手の朝崎郁恵さんが生まれた島

小さな小さな島で
私の想像では天と近い静けさが波の音とともにある、そんな島

行こうと思い立ったのは、長い夜の夢からさめて、
朝久しぶりの感覚が残ったからだ

島の唄と海と静かな光が、掴めそうなくらいすぐそばに感触として残って
それは何か、自分にしか分からない前兆だと思えた

人は時々行ったこともない場所に
行くことがある

それはこの体を通してではないけど
確かな感覚として
そこの空気がこころに、残像として残るのだ

魂がまるで一足早くそれを見たように

この目で見るモノは確かな現実として証明出来る
ただ、目に見えない体感もそのひとの真実という現実になる
証明がたとえ出来なくても


昔読んだ本にこんな一説がある

「あなたには何が見える?」
「え?目の前の公園とベンチのこと?」
「あなたには、何が見える?」
「公園とベンチ以外に?」
「私のインドの友達に9歳の物乞いの友達がいるの。
その子が同じようにこの公園をみたら、王様の庭とか、天国だとか
きっと答えると思うの」
「・・・」
「その子のなかでは100%王様の庭になるし、そこで遊べる。
その子にとってはそれは真実なの。
その真実はその子にとって現実。
不思議なことにその現実は人にも伝わってひきこむ。
そして驚くことに本当の現実になることがあるんだよ。」
「僕には何が見えるか、か。」
「そう。あなたには何がみえるのか。私はそれが知りたい。
宇宙はいつだってワクワクをキャッチするから。」



わたしはその真実の中で間違いなく夢を見る

それは時に大きな回り道になる日もあるけど
必要なプロセスとして、今、笑顔になれる、ワクワクする真実を
無視することは出来ない

わたしはわたしに浮かぶ真実を生きよう と思う














Posted at 17:52 | |