2007.07.22

目的

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ある日「君の目的は何?」ときかれた
人生の目的は何なのか ということだ

私は「目的」という言葉がなんとなく「そこまでの」という意味が
内存している気がしていてあまり好きではなかった
だから「目的はない。」と答えた

その唐突な質問から一年が経つ
時々ふいに思い出して「目的」を考える

生きること
唄うこと
愛すること
人を幸せにすること
祈ること
平和の意識変化を起こすこと

どれも私の中で目的に近いようで目的とは言い切れない

ただ魂の学びの中で
一つだけとても難しい課題(キーワード)があって
それが目的というものに近いのかなと
最近感じるようになった 


許すこと

過去や今の現象を許すこと
人を許すこと
自分を許すこと

それは簡単なようでとても難しい
様々な方向から絡まり合った糸のように人の感情やカルマはあって
許すことが一方で出来たと思っても
忘れていた感情の一部がまた絡まり出す

許すことが出来ないから戦争は起こるし
自然の恵みを発展国だけのものに占領したり
宗教の違いで人を殺したり
大地や人の感情を所有しようとしたりする

許すことが出来れば
きっと本物の平和がやってくる

そしてそれは夢とした物語ではなく
不可能な事ではないと私は思う

まず自分自身を許すことからすべては始まる

たくさんの憎悪たちはこの世界中に溢れるほど在る
でもそれらは決して許すことや愛することにはかなわない
許しとは悪をも内包する光だから

もう一度あの人に質問をされたらこう言おう
「私の目的は 許すこと」

目的を達成したらあの世でアイスクリームでもおごってもらおうかな














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2007.07.12

始まりと終わり

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始まりと終わりは同時に起こる

それは影の中に光をみる瞬間でもあるし
また同時にどこまでも深い影を光にみる瞬間でもある

それは一つの禊ぎ(みそぎ)なのかもしれないと思う

時として人は必要なタイミングで深い影に遭遇する
影は光の存在もあらわにするし、
それによって、自分の意志や内に潜む声を確認する場合も多い

人は光を前にして意識上の世界では禊ぎが必要なのかもしれない
それはまるで水によって身を清めることのように
自然界にとってはとても自然な現象なのだと思う

光は必ず影に在る
それをみないのもみるのも自分次第だ

文化人類学的に次なる段階への期間に意味を付与する儀礼を
通過儀礼(イニシエーション)という

文化の中にある様々な儀式は始まりと終わりを共存している
まさにそのステージにはどちらがどうというわけではなく
光と影が共演している

通過儀礼は社会に対する単なるパフォーマンスだけではなく
内にある影との遭遇を通して禊がれ、光の存在を体感する
大きな意味を持つのだと思う

その瞬間はとても美しい
そして人間らしい
まるで地球の内なる呼吸と自分が共鳴し呼応するように

夏至が終わり
新しい光が始まりの合図をしている



LIVEします*
7/27 高円寺カフェアパートメント(チャージなし)
9/8  青山LOOP

コンピアルバムにJAMMY参加決定*
レコーディング前でリズムマシーンと格闘しています












Posted at 00:39 | ひとりごと | COM(0) |