2010.02.15

始まり

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表現者は

社会の砂漠を旅するジプシーだ

何処までも自由に
羽を羽ばたかせ

高く
飛ぶ鳥のように

真っ白で
イマジネーションを映す
スクリーンのような

そんな空を持ち



見えないもののなかで
旅をする



心に浮かぶ夢を

果てしない偶像を

そこに抱いて



答えは人にではなく
環境にでもなく
状況や感情にもない


答えは
いつも

自分自身に
在る










***
新月明け
沖縄ではきのうは旧正月

新しいサイクルのはじまり

わたしにとっても
とっても大きな始まりを
踏み出すターニングポイントに
なりました

この数ヶ月にわたる
学びはとても大きく

自分自身と、
また今まで知ろうとしなかった
世界と向き合う学びをもらいました

きっかけというものは
ほんとうに単純なことで

その一押しに背中を押してもらい

わたしはようやく
新しい一歩を踏み出せました

どう社会にジャッジされているかとか
どう時代のトレンドに評価されているか
どう業界にスムーズに流通させているのか

というものに対して
表現者である者にとっては
さほど興味はありません

裁縫をしたり
糸を紡いで飾りをつくったり

自分の感覚でデザインしたり
作品を創るほうが

なにやら向いているのです


たとえ
その路は曲がっていても
ゴールへの回り道だとしても

不器用なわたしにとっては

自分の表現を狭めてしまうことが
出来ないのです


それは大きな気づきでした



いまここにあるものは
とてもポジティブな
始まりのエネルギーです


新たな始まりの合図
今はそれをちゃんと辿るだけです


人が出来ることではなく
自分にしか出来ないことを

してゆきたいと思います





ありがとう















Posted at 16:40 | 創造者へ | COM(2) |
2009.08.21

表現者の旅

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「アーティスト、クリエイターというものは
神様に奏でられる良い楽器であればいい
乗りやすい澄んだ清らかな魂に、
自分をおいて置いておけば良いものをくれる
自分が書いているのではなく書かされているのだ」 
倉本聰


表現者はいつだって華やかな表舞台の裏では
言いようのない孤独がつきまとう

人ができないことをするかわりに、
人ができることができないことで葛藤する

みえない

そのみえないもの達の会話の中で
生まれる色彩に微かな希望を見出して

やっと自分の吐息をそこで感じて
生きていることを認められた気がする

それを泥水に咲く清らかな蓮だと表現する人もいれば、
流れに逆行し協調を乱す怠け者だという人もいる

表現者は生きにくいこの社会に
どれだけの軌跡を残せるだろう

わたしという肉体は限られた小さなものだけれど、
魂というもの、そこから生まれる未知数の表現は、
どこまでも旅することができる

表現者にとって表現は生そのものだ

それは儚く消える泡のようでもあるし、
繰り返しては再生する波のようでもある

ただわたしはそうやって浮遊する

この世界の
ほんとうはやさしく美しい者達とともに
















Posted at 15:39 | 創造者へ | COM(0) |
2009.02.11

自分だけの音楽

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人生は民族音楽に似ている
それが短調なのか
長調なのか
誰にも分からない

Edvard Grieg


自然界はドでもレでもなく分けられない音を持っている
私たち人間も同じように、平均律では括れない音を持っている

見渡してみれば近年の発展によって
物は大量につくられ大量に捨てられ、
無機質なそういった繰り返しの中で、
物の伊吹やその背景にある人の姿が見えにくくなっている

いつの間にか平均律の中で自分を定め、
その中でのみ生まれる絶対的な音のやり取りを、
いつしか私たちは音楽と呼ぶようになった

民族音楽は「癒し」だという
はっきりいってこう感じる事は人類上の危機だと思う

そう感じてしまうようになった人類に違和感を感じる一方で、
本質的な気づきへのプロセスなのだとも思う

オカルト的でお手軽な気づきではなく、
もっと自分の呼吸を確かめ、生をなぞっていくような
自分の発する声に耳を傾け、自分の音を発見するような

そんな気づきの旅の真っ直中に在ると思う

平均律からズレてしまう事、マイノリティになる事へ
近年人は恐れ、否定をし、排除しようと試みた

しかし自然も、人もそう単純ではない
それぞれに自分の音を持ち、旋律を持つ
それは変えられない真実なのだ


毎日、それはまるで物質主義への通過儀礼のように
当たり前のように繰り返される
通勤ラッシュ時の人身事故のアナウンス

鬱病なんて言われて薬漬けのサラリーマンが
この国の水底に何万人ともいる


民族音楽が、わたしの唄が
その大勢のうちの片隅でも、
自分に眠る音を思い出させることができたらうれしい


自分だけの
あなただけの
音楽を

わたしは聴きたい





***
満月あけ、満ちて解き放つとき
みなさんお元気ですか

わたしはあまりにも早い、流れのなかにいます

それははじめから一本の糸だったように
パズルを組み立てていくように

とってもスムーズに事は起きていて
心地よい時空の波乗りをしています

たくさんの始まりを迎え
たくさんの手放しのなか

いつも想うことがあります
それは目頭が熱くなるくらいのありがとうの気持ち

いろんな人にいろんな環境に助けられて
こうやって動けることへ感謝でいっぱいです


たくさんのみんな、
あの人も、あの空も、あの音楽も、
あの夜も、あの過去も、あの夢も

みんなありがとう






人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
ふたつの明星を 与えてくれた
その目をひらくと はっきりとわかる
白いものと黒いもの 空の高みの 星の深さ
人ごみのなかの 愛する人


人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
疲れた足を歩かせてくれる力
わたしは歩く 街をぬけ ぬかるみをぬけ
浜辺と荒野 山々と平原
あなたの家 あなたの通り あなたの中庭へ


人生よありがとう
こんなにたくさん わたしにくれて
笑いをくれた 涙をくれた
だからわたしは 歓びと痛みの違いがわかる
それらはすべて わたしの歌をかたち作るもの
この歌はあなたたちの歌 同じ歌
みんなの歌 わたし自身の歌

Violeta Parra 「Gracias a la Vida」より

















Posted at 00:48 | 創造者へ | COM(0) |
2009.01.23

創造者へ

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私は待ち人だ

創造者が気が狂ったように創る
芸術を待つ、待ち人だ

私は相変わらず気に入った飾りを身にまとい
帰り道をいつも通りになぞり

雨の中、走り出す風に吹かれて
やっと日常を手放し瞑想しているような
そんなありふれた日々を過ごしている、待ち人だ

相変わらず創造者のあなたは引きこもっている

あなたの創造を待つ時
ありきたりな私の日常を、蔑ろにされている気がして
心が落ち着かない

そんな時ふと先人たちの軌跡にふれる
そうすると嘘みたいに手放しに似た、あきらめがつくのだ

ピカソやクレー、
岡本太郎や宮崎駿

天才と呼ばれた彼らもみな、
そうやって自分のアトリエ=殻に引きこもり、
創造の中で生を感じ生きていたに違いない

自分の世界での王になり、監督となり、主人公となり
到底、周りが理解しようにも出来ない
そんな芸術と向き合っているのだ

こちらがそんな時間が永遠に続くのではないかと思った頃、
ぶっきらぼうに「コーヒー」と言って
どこかやりきった輝きの欠片を叩きながら
アトリエからのそっと出てくる

微かに油絵の具のにおいが香って
それがとても愛おしくて
舞台の幕が上がる時のような興奮に包まれて

今度こそ言おうと意気込んで並べた女の言葉たちが
何処かへ消えて

その時私たち待ち人はきっと
すべてを許してしまうのだと思う

創造の邪魔は出来ない
心情を語ることも、賭や駆け引きも通用しない

創造の邪魔をすれば
あなたの存在という灯火を消すことになる



私は日常のありふれた、ありきたりの色を唄う
待ち人だ

あなたの創り出す芸術に出会うのを
あなたの分身たちを
あなたの端切れを

今もこうやって
静寂と隙間からの微かな光のなかで

待っている







「この世では私は理解されない
いまだ生をうけてないものや、死者のもとに私がいるからだ
創造の魂に普通よりも近付いているからだ
だが、それほど近付いたわけでもあるまい」

Paul Klee





***
今日は新月の3日前

東京・渋谷のbunkamuraで開催している
「Masterpieces of Kunstsammlung Nordrhein - Westfalen
20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」

へ行ってきました

パウル・クレーの実物の展示を見たのははじめて
気に入った絵の前でしばらく佇んでいました

わたしは虹色に最大限の色彩の表現力を感じます

即興で生まれた流動性のある虹色の色彩と
丹念に繰り返し修正され、創造を構築した軌跡の狭間で
作者の魂の虹色を垣間見た気がして、こころが穏やかに揺れました

引きつける色彩
その創造のプロセスのなかで
たくさんの未知数な色が飛び交い

わたしはそれを到底計り知ることは出来ないけれど
完成された、その一枚の芸術に出会う度に

自分の存在価値がマクロコスモスのような
大きな存在に認められた気がしてうれしくなります




はじまりのとき
最近、あらたな出会いが多くとてもわくわくします

どの出会いも、以前何処かで出会った事のあるような
親近感があります

そのうちの一人がパートナーの話をしていた時、

「看取るつもり」

そう小さくつぶやきました

さりげなく放たれた言葉がとても美しく
しばらくこころに漂い浮かんでいました

わたしは死は最高の祝福だと思っています

死とは舞台を下り花束を受け取る瞬間であり、
同時に始まりであるとも思うのです

その瞬間に立ち会うという想い
生と生の繋がりのなかで、
そう簡単には発せない言葉だと思います


はじまりの時は気づきが多いものなのかもしれません

山登りの途中では分からなかった景色に出会う時

自分が今まで登ってきた山のことを気づける時であり、
これから登ろうとしている山を見渡すことができる時でもあります

だからこそ葛藤したり、自分の意志を確認したり

わたしは泣きながらでも、たとえ失敗してしまっても
このはじまりの高揚感を人生のなかで見落とさないように
こうやって繰り返し旅を続けているのかもしれません



すべてのすべてにありがとう
4月から南の小さな島へゆきます



はじまりの唄とともに
あいをこめて



















Posted at 23:41 | 創造者へ | COM(0) |
2008.04.21

アウトサイダーの教えること

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シガー・ロスの音楽を聴いた

アイスランドのアーティストのもつ、自然発生的ともいえる
空間を埋め尽くす音の世界

隙間までその色彩で満たされたオトの空間は
私のイマジネーションの世界を飛ぶ鳥のソラとなる

アルバム「()」は曲タイトルとも存在しない
在るのはオト それだけだ

前半と後半にわけてポジティヴ(陽)とダーク(陰)
な雰囲気で構成されたこのアルバムは
一枚の絵画のように
またそれは一つの映画のように
心に何かを落としていく

作品のライナーノーツの中で
「アウトサイダーが教えるのは夢を見ることの大切さ」
という言葉が目に止まった

アウトサイダーはその繊細で感受性が鋭いがゆえに
自ら苦しめたり、傷ついてしまうことがある

不器用であるがために、ちゃんと整理された言葉を並べるより前に、
子どものように涙を流すことしかできないのかもしれない

しかし同時にその瞬間
「夢故に素晴らしい真実に包まれる」
空間や音楽をつくっているのだと思う

それは時にアートとして人の目に止まらない事もあるかもしれない
それでもその「真実」にこそ美しさが宿っている

闇の中で光を
光の中で闇を
見つけることができるように

それは生や性の言葉に表せきれない概念と似ていて
まさにシガー・ロスのオトを通して、
私はそこを浮遊しているのだと思う

そうやって人の深いところに
染みこむオトの風が吹くと、
自分の光と陰が見える

それはなにか自分の全貌を見た気になったような、
自分に用意された自分サイズの
キャンバスを手渡されているような、

不思議と自由に飛ぶ鳥になれる瞬間でもある


あなたを自由に羽ばたかせるよ と


そういうクセになる音楽を奏でられる人でありたい

満月のあふれる光の日に
シガー・ロスのオトの空気に包まれて







blog更新できなくてゴメンナサイ
pcの調子がー(いいわけ)
えっと忙しくてー(いいわけ)

これからもまいぺーすすぎる
sonora∞blogをよろしくです











Posted at 01:03 | 創造者へ |
2008.03.30

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夢は夢のままの方が楽なのかもしれない

夢は美しい
それに好きな時に空想出来るし、
とっても楽しい気分になれる

でも夢が現実に近づくと、もちろん美しさだけでなく、
同じ分だけ厳しさもみる

その時、夢が夢である方が楽だと感じるかもしれない

夢を自分の足で歩くには、ほんのちょっとの勇気が必要だ

夢に見た、想像していた夢が、現実になろうとしている時、
その現実を前に、急に足がすくみ、前に進むのをやめたくなる

自分にはこんなに大きな事は抱えきれない、とか
本当にそうなりたかったか分からなくなってきた、とか
自分には他に集中したいことがあった、とか
いくらでもそれから免れようとして理由が浮かぶ

思い切って踏み込んで、
飾りも付けずに裸の自分で、
真っ正面を向いた時
ただ 傷つくのが恐いからだ

自分を守るために夢を無かったことにする理由を、人はいくらでも考える


でも


何かを失ったり、犠牲にしなくても
夢を現実にすることができる
ということを知った

気負ったりせず、状況を楽しむこと

それがほんのちょっとの勇気になって、
ちゃんと夢をこの目で見ることが出来るんだ


どんなに哲学書を読みあさって、
アルケミスト(という本)をバイブルにしても、
いざ形になろうとした時に恐くなってしまうのが人間だ

そういう時は、
まずは思い描いている夢を遊ぶこと、楽しむこと
それにかぎる

夢を夢として遊んでいた
その時と同じように


誰でもほんのちょっとの勇気と遊び心で
夢を現実にすることができる

もちろんそれに近づくための努力や信じる気持ち、意志は必要だけど

最後の最後はやっぱり楽しむこと
楽しむ自分を生きること
なのだと思う







先日、朝崎郁恵さんの島唄と
奄美の八月踊りの教室に行ってきました

奄美の唄の歌詞はとても純粋で
踊りは大地を円で囲み、祈りみたいで
とっても身体と心に馴染みました

いつか月と森の中
島唄を歌いたいな

楽しみです***


おまけ
奄美の八月踊りってどんなものか?
の質問がありそーなので
2009皆既日食の前前年パーティの映像です
http://jp.youtube.com/watch?v=pU7ANYVf2h8






Posted at 00:31 | 創造者へ |
2008.03.04

「新しい場所」への旅立ち

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昔抱いていたビジョンが突如として目の前に現れることがある
まるで引き寄せ合う磁石のように

そうなるのが当たり前だったかのように
そうなるべくして
そうなるタイミングで

自分の夢やビジョンを見捨てないで、
ちゃんと自分の意志を心ににおいておけば、
必要なタイミングで
必ずそれは現実になる

必ずというと信憑性を疑りたくなるが
単純に今の瞬間は どんな人も
自分自身がつくり、呼び寄せた集大成といえるからだ

それは誰のせいでもないし
過去の傷跡のせいでもなく
自分の思考や感情が今を築き上げそうさせている


悪いことも
良いことも
それを通り過ぎるのも立ち止まるのも
自分次第だ


自分を信じきれず、不安でいっぱいになる時もある
すべてが思い通りにならないに決まってると
諦めてなだめる時もある


それでも最終的には、自分の意志しか、
自分の行きたい道への扉の鍵にならない


新しく出会う人と音楽と
夢にみたビジョンと

いまその瞬間に生きて
宇宙の中心にいることを実感している

それを教えてくれたのも、ビジョンが具現化し
始まったからかもしれない

それは空想や夢ではなく
現実に形になって私を訪れているからだ

すべての人、生けるものが中心に在る

自分の意志ほど自分を導くもの、また反対に
自分をおとしめてしまうものはない

意志は空間や次元やいろんなものを超え
まだ見ないあの憧れの夢の路へ
ただそこへ 導いてくれる



今週末の新月の日に船の旅に出ます
行き先は奄美・加計呂麻島、沖縄

太陽のリズムと、大地の鼓動を感じる海の波に揺られ
新しい場所へ行きます

それは場所の意味で「奄美に始めて行く」ということであるけれど
新しい始まりを旅するような
新しい場所にゆっくり近づくような
そんな旅になりそうです



















Posted at 21:53 | 創造者へ |
2008.01.19

意志

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人はひとりでは生きられない
でも 自分の魂の旅はひとりでしか出来ない

哀しみや喜びを分かち合うことが出来ても

ひとの魂をかわりに背負うことも
かわりに行き先を決めることも 出来ない


強い意志は時に分かれ道に出会う
続けるか 諦めるか

その意志が真実であるかどうか
まるで天が試すように

傷をつけてしまった時
傷がついてしまった時
守りたいモノが目の前にある時
たくさんの犠牲を生んでしまう時

諦める道があることを知る

それでも自分の魂のなかで
燃えたぎる 強い意志があれば
立ち上がり 涙をふいて
続ける道を選ぶだろう

また真実が他にあるということを知れば
諦めるという事でなく
そこではない、新しい真実の旅を始めるだろう


それを選び、進んで行くのは
家族でもなく
恋人でもなく 友人でもなく
通りすがりの見知らぬ人でもなく

自分だ


ステージに立って
たくさんの音楽に本気でやっている人に出会って
そう思った

私はひとりでも歌えるのか
私は自分の魂の唄を歌っているのか

自問した


たくさんの失うもの
壊してしまうものがあったとしても

たったひとりの孤独のなかでも
自分の存在に疑問を抱いても

私は魂の旅を
唄を続けていくなかで
続けていきたい


それは生きることと同じ だから


いつもそれをステージが教えてくれる



















Posted at 00:31 | 創造者へ | COM(0) |
2007.12.29

矛盾

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生きていることは矛盾だらけだ と思う

大切で愛おしいものなのに、大嫌いと言い放ち
こうしたいと思っていても、これはしたくないと言ってみたり

混沌とした葛藤や矛盾の連続 

いつもどこかで矛盾はいけないような気がして
人はすぐ白黒はっきりとつけたくなる

意味のないことじゃないか
これは傷つくんじゃないか
正しいのか正しくないのか

判断を急ぎはっきりしたとしても
またいつか繰り返し同じように矛盾に出会い
その都度、その瞬間だけ、
すっきりしたような気分になる


思えば自然もとても矛盾に満ちたものだ
自然は恵みを与え、人と共存している一方で
自然は時に人を殺す

偉大な自然が矛盾をもつのに、
私たちが矛盾がなく整理整頓された存在であるはずがない


矛盾に満ちた自分も
矛盾に満ちた大地も
愛すべき存在だ と思う


美しいときれいは違う

美しい存在であること
それは自分を許し 他者に委ねる強さをもち
今の瞬間を生きる喜びを体感すること

いつもきれいで整っている必要なんかないんだ

矛盾は真実に気づくためのプロセス
だとしたらネガティブに矛盾を攻めるだけでなく
その矛盾な自分を受け入れること


瞑想の中で出会う大地と繋がっている安心感のように
美しくある自分が、自分を包み込んでくれる







おまけ
difangという台湾アミ族のアーティストが
enigmaとコラボした曲*

アミ族の歌声に言葉はない
それでもどこか懐かしい感覚を
よみがえらせてくれる唄声 
http://jp.youtube.com/watch?v=-JpJjsHgYHA




今年のはじめにこのblogを始めてやく一年です
見て下さっている方、
すべてのひとに ARIGATO

来年もよろしくお願いします


sonora***










Posted at 00:42 | 創造者へ | COM(0) |
2007.05.15

鳥かご

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いつから私たちは鳥かごの中に住むようになったのだろう

みんなそこは安心だと思っているし 仲間はずれにされないと思ってる

はじめはその鳥かごの扉が自由に開けられる事も知っていたし
そもそも鳥かごの中にいよう、とは思わなかった
高く天に飛ぶ飛び方を本能で知っていたし
空の青の蒼さも心が喜ぶ事も知っていた

自由に動くのは悪いことなんだ
いい子にならなくちゃ みんなと同じになればいいんだ

どこかでそう思いこみ
みんなを見渡し足をそろえ、そろわない心を鳥かごをつくることで
そろえた気になった 

ただ幸せになりたかった

鳥かごは安心だったけど
同時に自分の心に100%向き合うことへの恐れも倍増させた

どこかで空の青に、透明な光に、ハグをする日を夢見た

でも周りにそれはワガママで社会にそぐわない幼い考えだと言われたり
自分でそんなのは幻想だと決めつけたりして
鳥かごの扉にかかる鍵をもっと頑丈にしていた

南の島でその場を浄化するように降っていた雨や
鳥かごから抜け出す事を批判し試練を与えてくれた社会や
タイミングで出会った魂の旅を共にするひとは
魂の声をきこうとする私の心をみせた

魂はこう言っていた

真実なら 飛ぼう と

私の真実は私の空にあった
その気づきは飛べる自分をみせ 自信をくれた

私はありがとうをこめ 今日も奇跡のような一瞬一瞬に
自分の空の青へ飛翔する鳥になる

鳥かごはそっとここにおいておこうと思う





6月3日からタイ・インド、沖縄へゆきます
これからも唄とともに魂の旅は続きます
できるかぎり旅先でもblogを更新していきます
楽しみにしていて下さい








Posted at 21:21 | 創造者へ | COM(0) |