2018.05.05

お知らせ



5月15日(Tue)牡牛座新月の始まりの日

そして約7年間の大きな節目である
天王星の牡羊座から山羊座へ移行する直前のこの日に

茅ヶ崎の美しい隠れ家salon、SAYU Salonで
STARCHILD TAROTのリーディングをさせて
頂くことになりました♡

とってもありがたいことに
すべて予約済みとなりました☆☆☆

また当日はAWAの羽根ピアスや
ターコイズのアクセサリー
旅で出会った少数民族の布や雑貨
一般の人が立ち入れない聖地で
ネイティブアメリカンの手によって採取された
無農薬のセージなど販売します☆

お近くの方はぜひ☆

すてきな新月を一緒に過ごしましょう♡

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リーディングご希望の方は
キャンセル待ち承ります
下記までご連絡ください☆
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メール : info@sayusalon.com
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40分 ¥4,000(税込)
※お支払いは現金のみです
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☆予約状況☆
① 10:00~10:40 ご予約済み
② 10:50~11:30 ご予約済み
③ 11:40~12:20 ご予約済み
④ 13:30~14:10 ご予約済み
⑤ 14:20~15:00 ご予約済み
⑥ 15:10~15:50 ご予約済み
⑦ 16:30~17:10 ご予約済み
⑧ 17:20~18:00 ご予約済み
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【STARCHILD TAROTについて】

カナダのアーティストであるDanielle Noelによってつくられた美しいタロットカード、STARCHILD TAROT。まるで夢の中の世界を絵に描いたような、クリスタル溢れる深い森で深呼吸する気分になるような、美しい色彩とエネルギーのカードです。

世界中の多くの人びとに認知されている78枚のライダー(ウェイト・スミス)版タロットとの大きな違いは、トータルの枚数が79枚で枚数がライダー版より1枚多いこと。その1枚は宇宙の記憶と呼ばれてる「アカシックレコード」のカードです。

アカシックレコードとは宇宙が誕生から現在までの全ての情報や記録のことを意味し、「虚空蔵菩薩」の梵名「アカーシャガルバ」が語源だといわれています。「アカーシャ」はサンスクリット語で「虚空」(全てのものの存在する場所)という意味があり、またその概念を哲学者プラトンは「宇宙の魂」、心理学者ユングは「集合的無意識」と表現しました。

この1枚のカードによって、STARCHILD TAROTはこれからの新しい時代に沿った宇宙の叡智を引き出すための独自の世界観を持つタロットになっています。STARCHILDとは、地球の波動上昇(アセンション)を成し遂げるために、地球を愛と癒しで包み、宇宙の平和へと繋げていく任務を遂行するために自ら志願をして地球外の惑星や天体や銀河から地球に転生をしてきた魂たちといわれています。

またSTARCHILD(もしくはSTARSEED)は自分の使命を全うする気づきの段階で、地球生活に馴染むのに大変な苦労を伴うという側面もあります。アーティスティックで純粋、争いごとを好まない愛のある優しい心や魂でありながら、感受性豊かで純粋な点などがウィークポイントになりやすく、社会や周りの人びととの葛藤により対人恐怖症や鬱、体調面での不調などと向き合うことが多いのも特徴です。

まさにこのSTARCHILD TAROTはSTARCHILDを始め、この世で葛藤し孤独を味わっている人びとや、愛の学びをしている人びと、また感性豊かなクリエイターたちのサポートや魂の成長を導くためのカードです。

宇宙からの叡智と色彩豊かで透明なカードの世界観に触れ、自らの美しい魂の学びを想い出す旅に出かけましょう。STARCHILD TAROTという深い森で、あなたをお待ちしています。。☆
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【リーディングについて】

自分自身のこと、お相手とのこと、恋愛や仕事、人生のことで気になることなど、すべてのことをリーディングします。愛への学びや魂の成長への後押しとなるリーディングを目指しています。わたしのタロットリーディングではたとえ未来にどんなカードが出ても、それはいま必要なアドバイスと捉え、未来を決めつけずにお伝えします。運命は決まったものではなく、ほとんどの事柄が自分の行動や想い方で創造することが出来ると考えているからです。大地の代表的なエレメントである火、水、風、土のエネルギーの傾向を読み取り、いま必要なメッセージをお届け致します∞
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【プロフィール】

Miho
唄い手、SATRCHILD TAROTのタロティスト、巫女。幼少期から両親の影響で数々の日本の山に登り、ダイナミックな自然との触れ合いの中で育つ。20歳で沖縄に移住し、原色的な大自然の中で過ごす。2011年故郷横浜へ戻り約6年間のOLの経験を経て、現在は唄い手meme(ミーム)として活躍中。出雲大社分社の巫女であり舞人である師匠の元、様々な霊山や聖地にて修行し、山に入り古神道・アニミズムに根ざす巫女でもある。日本以外ではブータン、インド、ハワイ島、バリ島、キューバ、ラオスなどへ渡航した経験を持つ旅好き。また那覇壺屋で営んでいた小さな雑貨店AWAをそのままブランド名とし、クリスタルや羽根を使ったアクセサリー制作も行なっている。
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http://www.sayusalon.com/blog/










Posted at 23:11 | アート | COM(0) |
2017.02.11

魂を揺さぶる芸術という名の、魔力



こんなことは人生で初めてだった。

魂が透明の糸で虹色を編みあげてゆくような
どこまでも深く満たされてゆく歓び。

魂が傷口を赤く染めながら
どこまでも斬り裂かれてゆくような
絶望的な哀しみ。

そのどちらもが、ある芸術家の作品に触れてからの10日間、
ひたすらわたしの中で続いたのだ。

頭は冴え渡り、覚醒し、眠りは浅く、
幸せな心が充満した瞬間、涙が止まらなくなる。

まるで作品の魔力に取り憑かれたかのように
惹かれて溶けてしまった心。

この現象は一体何なのか?

余りにも突然の事で追いつかない思考。
しかし自問すればするほどその魔力は固い思考を嘲笑い、
逆に勢いを増してゆくようだった。

そんなことが一つの芸術に出来るなんて
信じられなかった。

言葉を変えれば
信じたくなかった。


芸術に触れて感動をしたり、
感覚を刺激されるのはよくある事だ。
さらにその中で数年に一度くらい
稀に影響されるものに出会う。

しかしどんなに素晴らしい作品に出会っても
それでもわたしの何処か隅に
自身がアーティストである以上は他人の作品である、
という確固たる大きく太い線引きがそこには在った。

だからこそ他人のつくったものに
こんなにも揺さぶられることが信じられなかったし
信じたくなかったのだ。




作品は途方に暮れるような
何本もの線香の火の力によって
下書きも一切なく描かれていた。

「描かれる」という言葉がぴんとこないのは
それが人の手によるものなのか、
或いは自然現象なのか、
見分けがつかないくらいに繊細で絶妙で完璧な世界が
たった一枚の和紙に広がっているからで、
作品を離れて眺めると誰もが線香の火によって
これらの作品が産み出されたものだとは気がつけないほど、
見方によってはモノクロ写真と見間違うくらいに
完成度の高さに驚く。


作品の産み出し方が「他にないもの」だから、
「珍しいもの」だから、惹かれるのか?


それはまるで違う。


なぜならこれらの作品には知識人が評価の土台にするような
技法や見せ方や、作家のルーツやその他の要素すら
超越している「神性」たるものが確実に存在し
絶妙に、そして圧倒的に蠢めいているのだ。

作品に触れた者に訴えかけ、
そして魂を強く掴まれ捻られるような
説得力がそこには充満している。


そして理由も分からない涙が出る。
作品から離れた後でさえも。


正直こうやって文に綴ることすらも
この感覚を伝えるのは何かが足りない。
どの言葉も当てはまらないのだ。

そして終いには何もかもの飾りや付属品が
どうでもよくなってしまう。


今生において、生きている間に
自分にとって素晴らしいと
心底感じられる芸術に出会えたことは
とても幸運なことであるし、
今回のこの出会いは確実にわたしの何かを呼び覚ました。


火で燃えた穴の先に

まだ見ぬ未来の自分自身と、
懐かしくも狂おしく複雑な
自身の遠い過去の記憶と、
そして飾りを拭われた等身大の裸の自分を、
みたのかもしれない。

わたしは自分自身をみせられ
憤り、歓びを感じ、涙を流したのかもしれない。


時間軸が何処にあるのかさえ
なぜ惹かれるのか、という理由さえ
もうどうでもよかった。


また生きようと強く、想えたから。



歪で孤独な旅の続きが始まる。
自身の自身による自身のための旅が。

一つの作品と人生がわたしの魂を震わせたように

いつか、それが誰かの、誰かのための
魂を震わせるカケラになる日を想って。


唄うんだ。






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久しぶりにblogに文を綴りました。

去年とか1回しか更新してないし。
しかも旅行記だし。あはは(笑)

ずっと文が産み出せなかった分、
どばーっと文が出てきちゃいました。。


なんだかこの気持ちを、
この記憶をカタチに残したくて。


この文に出てくる「ある芸術家」とは
芸術家の市川孝典さんです。

東京での個展は先日終わってしまったのだけど、
きっとまた日本で個展をされると思います。

というか終わったばかりなのに
今すぐにでもしてほしいくらいです。

だからみんな大きなお金払ってでも作品を購入するんだね。
いまなら分かるな。その気持ち。


孝典さんと個展でお話しをする機会があって、
人柄もとても紳士で優しくて愛あるすてきな方でした。

作品は作家の全てだし、
こんなにすてきだなと感じられる一人の人に
出会えたことは生きる励みになりました。

そしてその個展の場で久しぶりの友人にも偶然会えたのが
さらにこの機会を特別なものにしました。

この全ての美しく絡まった縁を想って、次の再会まで
自分の作品づくりに励みたいと思います∞




冬の満月の日に

たくさんのありがとうとともに
あいをこめて









写真は作家・田中慎弥さんの「夜蜘蛛」の
本表紙に描かれた市川さんの作品より

























Posted at 19:26 | アート | COM(0) |
2011.01.05

芝居を終えて



ステージに立っているときは
それが唄でも、芝居でも
独特の感覚がある

演じる中でみえるその世界は

自分に一番遠いところの様な
自分に一番近いところの様な
独特な感覚だ

時に、ステージが終わって
覚えていない、という事があって
(時間軸が歪むとある人は言っていた)

その瞬間があったステージは
自分の中に流れる空気が
すべて入れ替わったような爽快感がある


今回の芝居にはそれがあった

ストイックともいえるような
本番の舞台に向けたモチベーションの高め方と
稽古で繰り返される自分との対話

物語に生きることができるまで
それはひたすら続いた

頭では分かっていても身体が動かない
考えればもっと動けなくなる

何十回も繰り返した
何百回も台本をみて回想した

約20日の稽古で
その出口みたいなものは
一向に見えなかった

自分が自分自身を超えたいという
欲求は余計に努力が必要だった

それでも出来ないかもしれない
という不安は不思議となかった

タイミングや環境、他からのものが
それをどうにかしてくれるとも考えなかった

自分自身をただひたすら信じた
正しく言えばそうすることしか出来なかった

根拠のまるでない
ぎりぎりの自分の中にあるものを
ただひたすら待った

究極、人はもしかしたら
ある意味では無意識に表現ができるのかもしれない

本番のステージの中で
やっとわたしはその待っていたものと
対面した

物語に生きる時
自分が目の前に在り、同時に自分が去っていた

ある意味では無意識で
何者にでもなれた

エンディングのための照明が明るく照った時も
まだ戻ってこれなかった

自分の名前を呼ばれたとき我にかえった


自分が、自分たちの表現が
どこまで観てくれた人々の心に
響いたかは分からない

ただ心の底から
表現をしていてよかったと思えた

まだまだしたいことがある
これからも表現の学びが続く


とても幸せだった
この感覚を忘れないでおこうと思った













***
新月あけ
明けましておめでとうございます

いつもこのblogをみてくれているみなさん
ありがとうございます

なんとこのblogも丸4年、今年は5年めです
更新が適当なのにもかかわらず(笑)
お付き合いくださりありがとうございます!


今回は+日食
はじまりっぽい新月でした

師走の忙しさを乗り越え
やっと自分の時間が持てています

今年は新しい気持ちで
ソロ活動もばしばしやっていこうと
思っています

去年はバンドのメンバーをはじめ
芝居でもたくさんのみなさんに支えてもらいました

わたしみたいな完全感覚人間の
やりづらいであろう役者に
じっと辛抱強く指導してくれた
演出家パクさんのように
わたしもなりたいところでございます

さてさて
次のライブですが
今のところの予定では
20日に柏屋でタブラのなおとくんと
30日はmemeでマファリです

また告知します


それでは
よい一年になりますように

すてきな日々を




















Posted at 23:42 | アート | COM(0) |
2009.04.25

初舞台を終えて

73.jpg

あの子の人生は演劇なのだと思う
もうすでにそこを生きていて
今回たまたま舞台に立って
それを垣間見ただけだ


芝居の初舞台を終えて
わたしは夜の何処かへと
続く路を走り出していた

ただ子どもが母親に上手にできた工作を
褒めてもらいたくて
帰り道を急ぐように

芝居は嵐のような雨をわたしに降らした

すべてを洗い流すような
すべてを試すような
すべてを包み込むような

等身大の
自分さえも見逃して、蓋をしていた
そんな自分を目の前で見せてくれた

最後のお辞儀をするまで
わたしは夢のなかの人になっていて
そんな自分が
またさらに夢を見ているようで

舞台というものの神聖さに
わたしはまた
救われたのだと思った

芝居を終えた後に
演出家の方が
つぶやいた

その言葉にわたしは
また救われた

そのとおりわたしは演劇のような
そんな人生を生きていたのかもしれない



***
新月
春の芽生えのとき

どんなはじまりをむかえていますか

先日「スラムドッグ$ミニオネア」という
映画をみました

インドが舞台の映画
想い出す記憶の欠片と
直視しなくてはいけない現実

それでも愛というものには
運命をも定める力をもっていること

色彩の揺れる映像のなかで
旅ができたすてきな映画でした


すてきな日々の旅を

























Posted at 15:33 | アート | COM(1) |
2007.01.30

曼荼羅 Mandala & Medicine Wheel

20070130183744.jpg

Mandala & Medicine Wheel
曼荼羅とメディスンホイール
一つの円に描かれる 宇宙

たまに訪れる発作のような絵を描きたい衝動で
小さな曼荼羅が生まれた

この絵は描くというより、削ってできた絵だ

円を描くというのは自然な人の衝動でありながら
とても神聖な動作だと思う

わたしはいつだって
弱い自分を抱きしめるために、
考えすぎて疲れた心を浄化するために、
陰と陽のバランスを体感するために、

その衝動を受け入れる












Posted at 18:49 | アート | COM(0) | TB(0) |
2007.01.26

Mark Rothko

rothko.jpg


Mark Rothkoの色彩についての特集をたまたまTVで観た

Rotkoが好きな私にとってhappyなサプライズ。

川村記念美術館にRotkoの絵があることはきいていたけど、

さらに行きたくなった。

Rothkoを私は画家ではないと思っている

空間のクリエイター。

色彩の放つ光は人間の本能を突き動かし、空間に色を灯す

珊瑚色に塗られた赤は血のようでいて、燃える火のようでもある

Mark Rothkoが魅せた色彩の空間のような音楽を奏でたい・・・







Posted at 21:11 | アート | COM(0) | TB(1) |