2017.01.08

Hawaii Island∞TRIP




ハワイ島へ数日間の旅をしてきました。


「A ihi e 神聖であれ」

今回の旅は壮大な大地に触れ、まさにそれを体感させるミラクルの連続でした。

古来からハワイの人びとはマナという神聖な力が万物に宿るとし、alohaは愛、慈悲、尊敬などの大切な意味をもちます。それは日本古来からあるアニミズム、森羅万象とし八百万の神々と崇める文化と大きく重なりました。

わたしたち人間はOli(祈り)を通して自然との融合を体感して、自らの魂にも神聖さが宿ることを悟り生きてきたのだと思います。

ハワイ島にいるとこの身体や魂に刻まれた先代の記憶が蘇るような感覚になるのはそのためなのかもしれません。

今回ありがたいことに、あるカフナ(神官)とのご縁を頂きチャント(祈りの唄)に触れることが出来たこと、そして大自然のミラクルのような神秘やたくさんの植物から学ぶことが出来たこと、そして聖地マウナラニで古神道のアワ唄を奉納させて頂けたことはこの旅をとても特別なものにしました。

まるで女神ペレの祝福を受けているかのような溶岩の大地から大地へ続く、大きな大きな虹はいまもわたしの心深くに七色の光を纏い佇んでいます。

旅の最後にわたしはカフナから言葉を頂きました。

「祈り(Oli)に意図を持つこと」

まるでその言葉に出会う為にここへ来たというほどに、深くわたしに染み渡り、唄い手として、人として、また次のステップへの学びの旅を後押しする言葉になりました。

だいすきなBig Island、またくるね∞






Posted at 10:57 | | COM(0) |
2016.08.20

CUBA☆TRIP∞2016




カリブ海の美しい楽園・キューバの旅から日本へ帰って来ました。まだ夢をみればそこにはキューバの景色が広がっていて体も心も現地にいるような感覚でいますが、やっと時差ボケから解放されて日常が始まりつつあります。

キューバには生を全うする強いエネルギーの源みたいなものを感じました。それはわたし自身、日常に埋没してすっかり忘れかけていたものでした。そしてなんだか日常から離れて始めて旅をした19歳の頃に新しく触れた世界に感じたことを思い出すような感覚でもありました。

人びとの純粋さや素朴さ、生きることをただただ楽しむその姿、古いものが美しく大切にされていること、音楽が街のどこにでもあり唄い踊る人びとの日常、barに漂う美味しいラム酒と上質な葉巻の甘美な香り。。そのすべてに深く強く惹かれました。

そして先進国のように物や情報で溢れていなくて多少不便なことがあっても、それを旅人として楽しめる事がまだ自身の片隅にもあったということ、そしてそれを心から満喫出来たことが何よりうれしかったです。

キューバはアメリカとの国交が正常化され近年変わりつつあると言われています。行くならいまだと。確かにそのことで変わることもあるかもしれません。でもわたしのみたキューバにはそう簡単に変わることがない、出来ない何かがあると感じました。キューバの人びとのキューバに生きているという誇りがそこには強烈にあって、原色に生きる楽しみ方を彼らは誰よりも知っていると感じたからです。

あっという間の9日間の一人旅はたくさんの軌跡をわたしの心に残しました。旅の最終日、夕ぐれにみた美しい虹と夕陽はこの旅が祝福されているようでした。そのあと始まった壮大なpartyも。夢をみているような毎日。きっとこの旅を一生忘れないと思います。



わたしのみた景色の一部。
ぜひカリブ海からの風を感じてください∞


instagramには動画や写真の説明もあります☆


よかったらご覧ください☆♡





すてきな日々を∞










Posted at 12:51 | | COM(0) |
2013.08.18

山へ〔木曽御嶽山〕

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天と地との境目がなくなる瞬間は
森林限界の先に在る

時間軸も地上とは異なる空気感に包まれ
何かを離脱するのだ

都会で自らを取り繕うための衣を脱ぎ
人と比べることでつくられた小さな見栄を捨て
いい人であろうと塗りたくられた心を洗う

そこには純粋に生が存在し
大地と、そして自分自身の呼吸と対面する

誰かが代わりにこの景色を観ることは出来ないし
誰かが代わりにこの山を歩く足を貸してくれる訳でもない

ある意味、究極な孤独というなかで
大地の息が身体と心に唄を吹き込む

疲れきって麻痺した身体に
雪渓で冷やされた風が吹き付ける瞬間

その快楽にすべてを忘れてしまう


許す、なんてそう簡単に出来るはずもない
不器用で儚い人の想いも

美しく、なんてきれいごとでは収めきれない
はみ出した弱い人の心も

山は深く、そっと、離脱させる



何時間もの山旅を終えた頃
わたしは大地の一部を身に纏い
深い森のような香りをどこからか放つ


そしてひとつ何かを忘れたことに気付くのだ


遠いあの日、大事に抱えるように心に縛ってた、何かを



山は小さな浄化の雨を、そっと心に降らす


また行こう、そう思った時には
新しい山への路が始まっているのだ






***


今回の御嶽山への山旅写真をblogに掲載したものも含め
facebookにもいくつかupしています∞

どなたでもご覧頂けます

「ONTAKE」






































Posted at 21:05 | | COM(0) |
2012.10.22

古宇利島の光

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暗闇の中で放たれる幾つもの光は
エメラルド色に光るクリスタルのようで
美しすぎる夢をみているのだと錯覚するほどだった



古宇利(こうり)島へは3年ぶりで
思いつき、というよりは沖縄に行く前から
今回は島に行こうとどこかで決めていた

島の入り口には門番のような女性がいて
前回伺った時も神事の作法を丁寧に教えてくれて
ユニークな人柄とかわいらしい振る舞いは
とても印象に残る方だったので記憶にしっかりと記してあった

まだ日が空の中心にある時間に着いたのだけど
互いに久しぶりだったので尽きないお喋りで
あっという間に夕方になっていた

日があるうちに御嶽へ行く予定だったので躊躇したが
島では神事を夜通しする事もあるので
ロウソクの光をおかりして
入り口の拝所にご挨拶をして御嶽へ向かった

西ビジュルが女性ならば東ビジュルが男性
西が地ならば東が天

ふたつの御嶽はこの地球そのものの二元性を表しているようで
古来から大切に崇められてきた

西からまわり、東に着いた時には
嵐の風も強まりすっかり日は落ちていた

それでも不思議と中は風が穏やかで雨もやさしかった


ロウソクの灯は付けずに中に進んだので
小さく点滅する光にすぐに気がついた


まるで宇宙の中を飛んでいるような世界

蛍が何匹も幾つもの光となって
そこの聖なる空気をつくっていた

その景色が身体に染み込んでくるようで
身体が震え、涙が止まらなくて
しばらくの間、言葉を失った

自然の大いなる呼吸が存在として目の前にあった

そこは精霊たちが住まう神聖な空間であると
視覚的にも感覚的にも納得せざるを得ない景色だった

古来人は自然を崇め神格化してきた理由が
分かった気がした


祝詞を心から唄い
お祈りをして
すこしその美しすぎる空間で佇ませてもらった

ありがとうの気持ちが
心をゆっくり満たしていって
それは透明な水のように私に流れ続けた



人は神社や拝所で一生懸命に願い事をする
お正月の風習からか私も昔はそうだった

そうすることで踏み荒らされてゆく大切な場所が
あることを知った時、願を掛けていた自分を恥じた

それを教えてくれたのも自然だった

偉大な自然の景色を前にしたら
本来自然に生まれる感情は感謝だけで
そこに「願い」はないはずで

きっとそれを本当は人は本能的に知っているはずだと思う

だから感覚を開いて自然の中に佇んだら
きっと誰でもありがとう、としか思えないのではないかと思う

ありがとう、という心が
自然と共に生きている事を
そういうことをすぐ忘れてしまう人間に
思い出させてくれる

願い事に走る前に
目をつむりそこに吹く風をなぞり
目をあけてそこに広がる自然界の呼吸を感じて

この大地の美しい景色が
ずっとこの先も美しくあるように



ありがとう






***


満月前
光が満ちてゆく
さまざまなことがドラマティックに変化する
そんな今日この頃

お元気ですか?

わたしは最近学びの日々です

タローデパリというカードを勉強したり
頼まれごとではじめて絵を描いてみたり
レイキをマスターして実践してみたり
祝詞や真言を覚えて唄ったり。。。

今しか出来ない事をいろいろとやっています

大人になってはじめる学びはどれも新鮮で
覚えたくてわくわくして
学びがそう、とっても楽しいのです

レムリアのこと、ハワイのこと
ひましオイルの温湿布、、
ケイシーやシュタイナーの自然療法、、、
勉強したいことはまだまだたくさん

少しずつ覚えて生きる糧にしてゆきたいです

長い唄のスランプ(?)みたいなものも
そろそろ出口がみえてきたのかな。。
今回の沖縄の旅が、いい意味で過去を手放せるきっかけになり
時間はかかっちゃったけどようやく準備が整ってきたかんじで
これからが楽しみです

寒い冬、今年は冬眠せず
どんどんと自分から溢れる表現を形にしてゆきたいです



すてきな日々を














Posted at 16:35 | | COM(0) |
2012.08.12

旅をして、旅を終えて

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チェンマイの朝、目覚めたら
日本の自分と遠くの地を旅する自分が
一緒である事を夢を手放しながら知る

旅はいつも縮図としての日本の小さな自分を
この世界に映し出すのだ

日常の中、見落としがちな「自分」という存在を
時間が少し揺らぐ異国で観る

街を歩きながら
人と触れ合いながら
自然に体を委ねながら

つきまとう自分を
風景の中に観る

それはカメラのフィルターから映し出される
6×6の正方形の世界で

一瞬のシャッターを切った時に
まるで自分自身を投影しているような
気持ちにさせられるのと少し似ている

旅を終え、日常の中に居る今も
それはかすかに続いている

心地よく吹く夏のはずれの風は
チェンマイ郊外の田んぼに囲まれたヴィラの夜を思い出させるし

お盆のお供えの花束を見れば
市場の色彩豊かな花売りのおばあさんを思い出す

そして同時にその時感じた「自分」を思い出す

弱くて泣き虫な自分
凛として立ち向かおうとする自分

そのどちらもここでちゃんと息をしている
ただそれだけのことだけど
それが今をつくっているということ

それを少し知るだけで明日への勇気になるのだ



そんな旅路の中で唯一、自分や全ての存在から離れ
時間も言葉も感情も超えたひとときがあった

それは首長カレン族の少女たちが持っていた
中古のギターで唄を歌わせてもらった瞬間だった

奄美の島唄を歌ったら、子どもたちが寄ってきて耳を澄ませた
透明な空気が音と混ざって繋がって
わたしたちはその小さなひとときを結んだ

みんなで笑ったし
みんなで拍手をした

知らない土地の片隅の村で
音が何かをつないだ

わたしはあなただったし
あなたはわたしだった


旅でのすべての出来事は
新しいわたしをそっとつくっている


もうすぐ秋を待っていた虫たちが
夜空へ唄を捧げる季節

きっと少し肌寒くなった頃
わたしはあの日の出来事をまた思い出すに違いない

新しい自分と一緒に






***

新月まえ
みなさんお元気ですか?

東京の空はまだまだ太陽が近く
暑い日々が続いていますが
夏バテしていませんか

そう言うわたしも夏風邪でデトックス
ここ一週間はダウンしていました

いまは体に優しいごはんや
野菜を中心に三年番茶を毎日飲んで
ゆっくりとした時間を過ごしています

こんなにゆっくりした時間を過ごせるのは
本当に久しぶり

普段出来なかった事や友人に連絡をとったり
自分らしい時間を過ごせつつあります

来月あたりからそろそろちゃんとレッスンを
はじめないとなーということもあり
今は体のメンテナンスとこれからしたいことの
整理をしています

旅へゆき
新しい色彩の風をたくさん吸い込みました

たくさんの、自分の中のキャンバスに描かれた絵たちを
明日からの路にいかしてゆきたいです



すてきな日々を





















Posted at 21:27 | | COM(0) |
2010.10.05

旅に出ます

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ファイヤーダンスとのショーが終わり
わたしは旅の支度を始めた

スーツケースに詰め込むものは
この3年間で大分変わった

3年前の旅のインドで
わたしが出会ったにおい

それを消化するのにずいぶんと
時間がかかってしまった

一山も二山も越え
たどり着いた今

ここに在るものは
あの時なりたいと思っていた自分の姿に
少しだけ近づいたような気もする


自分という中心に在るものを
旅は探らせて
想い出させてくれる

だからきっと
わたしは旅をするのだ

出来ればひとりで
行ったことのない何処か遠くへ



「普通」といわれる女の子にわたしはなれない
その「普通」に憧れたりもするけれど
結局わたしはこういう生き方を選んでしまっている

思い立ったら一人でも何処へでも
旅立てる用意をしているような人生

ライブが終わったときは
いつも自分の魂の呼吸に戸惑い
孤独を感じながらも
それでもひたすら唄を歌う事にこだわってきた
そんな生き方

いま
こうやって過去をなぞり
振り返りながら
荷物を詰めていると

出会った出来事や人たちが
風のように頬をなでる

秋の初めの
すこし切なくてやさしい
風みたいに


そしてやっと
今になってようやくそれを
受け止められる
わたしがここにいる

すべてがここに
繋がっている

そう感じるだけで
すべてが愛しく感じられるのだ





***
新月前

お元気ですか?

最近は音源を録ったり
ライブをしたりと
なんだかいそがしく
ばたばたとしていました

11月4日と11月7日に那覇で
10月23日に恩納村のリゾートホテルで
liveをすることになりました

お近くの方はぜひ遊びにいらしてください



明日からショートトリップ
ベトナムのハノイ、山岳部のサパ、
ラオスへ行ってきます

久しぶりの旅
楽しみです




すてきな日々を









photo by Jyun Ito
http://tavola-world.seesaa.net/








Posted at 03:32 | | COM(2) |
2009.01.11

あの場所へ

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原色の色彩をまとった人をみた

まどろみ安らかに、朝焼けと緑のにおいを含んだ霧の中、
祈りをささげ花びらを天にかざす人の後ろ姿

心の中の、心の中の、端の方で
幾度となく憧れていたその風景に

私は出会ったのだった

それは紛れもなく
あの場所に居る自分自身だった



夢をみてそれに従い自分の行き先を決めるなんて
馬鹿げたことかもしれない

私を大切に想っている人は皆、口をそろえ
愛情をこめて辞めた方がいいと言うだろう

それでもいったん私の中に落とされた、
その一粒の足跡は、
しっかりと私の心に染み付いて
幾何学状の模様を描いて離れない

時に意思は怖いもの知らずに
行き先を決めることがある

そして何よりも自分にしか理解不能な
そういった意思のために私は生きている


時々私は樹海でしか生きられない苔のようなものだ
と思う時がある

雨の水を待ち、森の吐き出した水をふくみ、
僅かな光を命にし、
死に逝くであろう人に踏み潰されながら、
それでも生きようとする生命力の塊のような


一瞬たりとも死んではいけない


そう刻まれた何かは生命力に溢れているという一方で、
短絡的な欲の中で生を投影している動物ともいえるのかもしれない


湧き上がる意思を止めて生きるということに慣れていたら、
どんなに世界を楽に生きられるだろう

自分にとって利益的なこと、予定している計画を優先して
生きている人にとっては、私は異端者にすぎない

私と同じ夢をみたところで、何もなかったように
それが何の意味も持たずに通り過ぎるに決まっている


ブーゲンビリアが美しいと思う


太陽の火を纏ったような、赤い血を滲ませたような、
あの原色に私の心は美しいと反応する

反応して私は呼び覚まそうとする
細胞に、魂にその美しさの欠片を探す


ただそんな生をまっとうしたいだけなのだ





***
今日は満月
満ちてゆく光のなか、どんな日を過ごしていますか

私は沖縄の久高島で年越ししました
前回の新月blog更新できなくてごめんなさい

久高島での出来事を言葉にうまくできないけど、
ただ私は再び帰る時にあの島に帰ってきて、
発ち行く時にまた新しい旅が始まったのだなと思っています

最近自分のなかでつくりあげられた何かが
いい意味で崩れていく瞬間によく出合います

それは「よく分かっている」と感じてた自分を手放し
向き合っているからなのかもしれません

ただ、心が動くほうへ、
アカシックで気持ちがいいと思えることを
選んでいこうと思っています

すてきな日々を


sonora





















Posted at 21:00 | | COM(0) |
2008.08.31

遠いところへ

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遠いところへ行きたい

見たこともない色彩の空気に触れて
まわりの言葉がわからなくて、わかろうとするのを諦められる
そんな遠い場所へ 

現実はあまりにも強烈に今を照らしだす

一生懸命になりすぎて
美しい言葉を並べすぎて

気がついたら今のこの一瞬を見つめるのすら
勇気が必要になっている


そんな自分を傍らにおいて


原色の夢をみる


遠い国の遠い記憶

どこまでもついてくる自分と
今という現実がそこにもあっても

それが砂のように小さく在ることを
実感するために
それが水のように自由に踊れることを
体感するために


わたしはまた旅に出る



  



***
今日は新月
新月は昔、朔、ついたちとも呼ばれていたようです
まさにはじまりの時ですね

雲旅行記の続きを書きます



今回の出雲の旅の目的は
60年に一度の出雲大社の本殿特別拝観と
スサノオという神さまにふれることだった

出雲大社本殿の特別拝観
60年に一度ということもあり、朝から正装した人が列をつくった

本殿の中は凛としていて、それでいておおらかで
大きな大木の柱が中央にそびえ
母親の胎内のような場所だった

天井に雲の絵が描かれていて
原色の色が宿る生き生きとした雲に
芸術の根元みたいな力を感じた

天井の雲の数が本来の数よりひとつ少なくあえて描かれていて
それはまだ未完であるとは、成長・発展の余地がある
という意味だからだという

生の放つ光を感じる瞬間だった


本殿の参拝を終え
2つ目の目的であるスサノオの神
奥出雲の山の中にある須佐神社に行った

大きな大木が本殿の裏にそびえたち
そこには大きな黒い蝶がずっと飛んでいた

高貴な黒はとても神聖な木にふさわしく
わたしはそこからしばらく空を見上げていた

「何もないことの眩暈」

特別な場所を訪れると岡本太郎が沖縄のウタキにふれて
言った言葉を思い出す

大切なことは見えないと
大切なことを自然はいつも教えてくれる

それから参拝を終えると
大きな大きな雨が降った

滝に打たれるようにその場が一瞬にして轟いた

浄化の雨なんだと思った

それは海の中に浸かったような景色だった


帰り際、バスの運転手さんが、時々あそこだけ
雨が降るんだと教えてくれて
言ったとおり、少し離れて角を曲がると
嘘みたいに雨は上がった

帰りの空には竜の雲
そこはエメラルド色に光っていて
小さな虹がかかっていた


よく「あの場所に呼ばれた」と人は言うが
それは人間の勘違いかもしれない

それでもこうやって奇跡みたいな景色に出会うと

わたしは呼ばれたんだな と
天が祝福してくれたのかもしれないな と思う


短い出雲の旅が終わろうとしている、
山を下るバスの中
満たされていく何かを感じた




***

もうすこしづつ秋が始まっていますね
わたしはこの秋の少し冷たい風や
虫の声がとても好きです


秋の音とともに
新月の唄をうたって

























Posted at 18:58 | |
2008.08.17

出雲旅行記

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夜を手放し太陽を迎い入れた朝
始まりの澄んだ光と共に
私は大きな岩の前に佇んでいた

島根県出雲
出雲大社をはじめとする多くの古代からあるお社と
豊かな自然とともに神が住まう場所だ

出雲大社の参拝を終えて、そのまま引き込まれるように
本殿の横を通って、裏にそびえ立つ山の方に行った

木々の揺れる緑の中、本殿の横で震えた
その感情をなかなか言葉には出来ないけど、
自分の魂を揺らす、大きすぎる存在に出会えた時と似ていた

出雲大社の本殿の裏には小さいお社があった

素鵞社

苔に包まれていてしばらく目をそらすことが出来ない
とても大きな存在感を感じさせるお社だ

ここは素鵞鳴尊(スサノオノミコト)が祀られている

そのお社の裏に磐境(大きな岩)があり
そこは天とこの世の境目のような場所だった

わたしはしばらくそこで佇んでいた
きっと古代はこうした山々が神だったのだと感じた

それは神道のルーツともされている沖縄のウタキ(祈りの聖地)が
何もないことと同じだった

何もないのに何かある 場所

朝のはじまりの光が射した時、
その岩が生き生きと呼吸をしている事に気がついた

太陽が空を包んだ、あの眠りから覚めた
自然のはじまりの唄を感じた

自然と自分は何も変わらないと思った
森羅万象と共生し生きている、自分という小宇宙



帰り際、八百万の神々に祈る祝詞が聞こえた
おじさんが隣で手を合わしていた

すごく何かがよみがえった
これでいいと思えた

大地が呼吸するように
わたしも呼吸をする

そこには音がちゃんとあった



以前、研究者の大橋力が興味深い話をしていた

人間はアフリカの熱帯雨林で進化して現生人類となったから
人間の遺伝子と脳は、音が豊富なその熱帯雨林の
環境に合わせて設計されている 

自然のもつ音はもともと私たちが必要とする音


帰ってきてから都会を通ると、音がないと感じるのは
このせいかもしれないと思った






***
今日は満月です
昨日スーフィーのBody Art Workshopに参加しました

「Dhikr」というチャンティング(詠唱)とムーブメントなどを通して、
体を動かすことの神髄はどこから来るのか、
ムーブメント(動くこと)をしながら瞑想したりととても充実した内容でした

意志や思考、感情をも超えたところでわき上がる動き
それはまさに魂のパフォーマンスといえ、
こういった動きに気づかされる事は、唄を歌う上でもとても勉強になりました

自分を空っぽにして、オーディエンスのエネルギーと共鳴し、自分に取り入れ
まさにそれが原動力となり、自分を超えたパフォーマンスをする

唄い手としては人に伝える上で、大切な軸だとおもいます

8/24(sun)にはcamel of dreamというスーフィーの
音楽イベントがあります
Rumiというすてきな音楽グループのライブ、
ベリーダンスのパフォーマンスもあります

わたしもスタッフとして行く予定なので、
よかったら遊びにきてみてください☆
http://www.kahve.jp/hammam/0824_ws.htm



出雲旅行記、続きも近日UPします

お楽しみに















Posted at 15:27 | |
2008.03.19

前に居た場所

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旅から帰ってくると、始まりの瞬間にいることを感じる
自分との旅が本当の意味で始まるからだ

景色、触れたこと、出会った人
そのどれもが私というフィルターを通して
私の一部になる

魂はそのすべてを必要なタイミングで必要な分だけ
呼び合っているのだと思う

奄美の唄者、朝崎郁恵さんとの縁が結び、
話すことができた

電話口で朝崎さんはゆっくりした声で言った

あなたの祖先の一人が奄美や沖縄にいたんだね
また会うでしょう。楽しみにしているよ

私は頷いた

まるで全てを知っていたかのように



関係を言葉で決めること、約束することは
見えないものを見えやすくするので安心する

でもそれが無くても、魂は真実の中でそれを知っている

だから焦ることも、哀しくなることも、不安になることもない

大切な人はまた必要な時に、必ず会うから



沖縄の滞在の数日間はとてもしんどく、とても幸せだった
自分の光と影を目の前で見たからだ


私の光と影を、見ないようにしてきた事を、
目の前で、見せてくれた瞬間があった

真っ正面に、私と向き合った対象を前にして
意地っ張りで、頑固で、子どもで、わがままな私は
そのどれもを使うことが出来なかった

気づいたら音をたてて、かたいかたい殻は壊れていた

その瞬間は一瞬だったけど、今も心に染みついている


これからやってくる日々を
ちゃんと歩いて
いつか私の中に根付かせるんだ

いつかその時には、
私の光で人を包み込むことが出来るような

海みたいな風みたいな
そういう人に、そういう歌い手になっていたい


加計呂麻島の静かな海からの風が
かすかに私を通り過ぎた気がした


新しい旅が、始まる




朝崎さんの唄声
http://jp.youtube.com/watch?v=tIR-apIUyZk















Posted at 20:57 | |