2018.09.05

Tilulu




STARCHILD TAROT readingとHealingは
Tiluluという名前で活動しています。。


詳しくはこちらまで☆

https://tilulu.amebaownd.com







Posted at 16:45 | ひとりごと | COM(0) |
2018.04.09

春が来た




春が来た。

手放そうと思っても手放せなかったもの、
長年にわたりしがみついていたものが、

手放す、と決めた途端に

その輝きは自らの美化によって
生まれていたと知る。

そのもの本来の姿を何のフレームや飾りもなく
見ることを思い出すために、

過去から未来へと向かう旅の道中-通過儀礼-で
人は必要な時期に必要なタイミングで
自らの真実と遭遇するのかも知れない。

いまやっとその通過儀礼を終え、
次の旅の扉が開いて目の前まで来ている、
そんな旅の途中にいる。


時として日常はある意味で感覚を鈍感にさせ、
未来への冒険心や希望を生温い不安感で打ち消してしまう。

結局その日常の打破に6年もの時間を費やしてしまった。


長かった。

しかしきっとそれには、
留まらないと分からなかった学びと
理由があったのだと思う。


南の島から横浜へ帰ってきたあの頃は傷だらけだった。
まさに人生の底辺を見ていた時期だった。

これだけの時間がかかったのは、きっとその傷や自分と
向き合わざるを得なかったからだ。

自由にのびのびと生きていた自分を完全に捨て、
「普遍的な毎日」を生きることで、
正直わたしは救われていた。

そうやって過去の自分という存在を一旦消すことでしか
息をすることが出来なかったのだ。



ステージを降りて、
人生で初めて組織に入りOLになった6年前、

どうしたって鏡に映る制服姿の自分自身へは
違和感しか感じなかった。

それはまるで七五三で初めて
口紅を引いてもらった時のような

そこにあるはずもないものがあるような
なんとも言えない違和感だった。

それでも今では制服の着こなし方もペルソナの演じ方も、
人それぞれの幸せがあるということも、
黒いストッキングのスムーズな履き方も

習得し学んだ。

人からどう見られているかはさておいて、
わたし自身はもうペルソナに対して、

本来の自分から離れてしまうという恐怖と
葛藤することは完全になくなり、

むしろOLとしての自分を演じることが
自分の一部として受け入れられ、

そんな自分も楽しいと感じる瞬間すらあった。


それでももう十分だと感じ手放せたきっかけは、

皮肉にも集団になると人間が持ち合わせてしまう
業-自らの心が満たされないことを他者への
批判や憎悪で埋めようとする世界-
に対してのある種の諦めと、

業を受け入れてまで自分が此処に
居続ける理由がなくなったからだ。


まさにその「業」との関わりこそが
抜け出せないでいた生温い日常を破壊し、
わたしを前に進ませてくれた。



組織に所属すれば安定していると言われるが、
わたしにはそれは本当の意味での安定に感じなかった。

自分で考えたり、努力してより良くしようと
行動するというシーンに遭遇することは
殆どないといっても過言ではないくらい、

余計なことは誰もしないという風潮が組織にはあり、
いつも誰かや何かのせいにして、被害者であり
クリエイターにはなろうとはしない人が圧倒的に多かった。

いかにいい仕事をやり遂げるかということより、
何がより良くするかを力を合わせて考えるということより、

足並みを揃え余計なことをせず、
主張もせず我慢して耐えることが正しいとされ、

それ以外のものは完全に異質でしかなかった。


わたしは組織の人びとには異質の存在だったのだと思う。

靡かないし、良いものは良いと思って生きているし、
正直に、それを堂々と行動で示してくる、
そんな異質なものに対しての恐怖心からか、

周りは必死にそんな存在を
排除しようとしているように感じた。



愛が欲しいと心が飢えている人は
この世には溢れるほどたくさんいる。

彼らは愛は自らにある、
ということをすっかり忘れてしまっていて、
愛を自分以外の何かにあると信じ、
欲しい欲しいと必死で探しているのだ。


わたしには少なくても愛は自らにあるもので
それは減るものではないのだという
経験と学び、その思いがあるので、
心はいつも愛で満たされていると感じている。

だから他人や環境に愛を渇望することはないし、
自らを肯定したいがために批判したり比較したり
することは何も生まないと信じ生きている。

しかし足りないと思い込んでいる人びとにとってみれば、
わたしのような存在は理解が出来ないし、
疎ましいし、のうのうと楽に生きているように感じて
虐めたくもなるのだ。


そしてまさに愛はみなくてよかった闇をも
みさせてしまうという一面もある。

わたしも含め全ての人間が持ち合わせている
その闇を覆い隠すかのように、
そして闇を否定するかのように、
くだらない虐め、パワハラ、セクハラなどの類いは
人が集団になれば何処にでも存在していた。

虐めることで自分の人生を肯定したい人びとが、
得体の知れないわたしを怖れ、嫌がらせをした。



感じる。
だからこそ傷つく。

嫌がらせを受け、理由のみえない下らないパワハラがあり、
歪んだ自尊心からのセクハラがあり、
心を持つ人として何も感じないはずはない。

むしろ感じなくなってしまったら終わりだと思っていた所もあり、
歪みに傷はついても歪みそのものに完全に飲み込まれないための
手段として「感じること」それが唯一の命綱だったとも思う。



そこから立ち去ることをせず、
それでもわたしはそれに耐えた。

なぜ立ち去れなかったのか。

それはまず第一にきっと歪んだ世界にいると
順応しようと自分を守る本能のような
自然の摂理が働き、自分がおかしいのかも知れない、
心が弱いのかもしれないと言い聞かせ、
耐えることが美しいと錯覚してしまうからだ。

わたしには客観性や努力が足りないのだと思い込み、
何かに理由をつけ本来の姿を奥へと隠してしまっていた。


そして第二の理由として、
まさに他を鏡にして映る自らの闇を
まだ受け入れきれなかったのだ。

被害者から脱して創造者になるための、
誰もが持つ内にある闇と光の融合=神性
を知るためのそれは大きな学びだった。



いつのまにか時は流れ、多くの月日が経っていた。

しかしながらやはりいつまでもそんな歪みに
わたしが同化できるはずもなく、
歪みのスパイラルをも超える魂の意志が、

器をはみ出して声を出し始めた。

声に呼応してまるで自らの意志を確認するように
前兆や合図に応えると、

不思議と道は拓けていった。

そして複雑に糸を絡めていたのは被害者になりきっていた
自らの思考であったことを知ったのだ。

その気づきには大きな痛みも伴ったけれど、
ひとつひとつどうにか乗り越え此処まで辿り着いた。

以前はそれらの「業」や「歪み」と戦ったり、
排除して悲しくなったり、
葛藤したりしてわたしは被害者でいることが出来たけれど、

自分にとってその時間がとても無駄に思い始め、
創造的ではないし、
答えや解決方法なんていつも生まれないことを知り、
今ではただただ全ての人びとの幸せを祈ることしか
出来ないことなのだと知った。


わたしがみていた組織や集団、
人びとの持つ闇は、自らの
「歪みを受け入れてしまう」闇だった。

そしていま、もうその闇はわたしにとって
何の意味も持たなくなったのだ。

だからきっと終止符を打ち、
手放すことが出来た。



旅は繰り返し続く。

どんな場所にいてどんなわたしでいても
ずっと学びの連続だ。

それでもどんなときもわたしには愛がある。

そしてこの6年で見て感じて学んだことが
魂に深く刻まれ、糧としてある。


いま此処にあるのは闇という姿をした光への感謝だけだ。

光も闇もそれはきっと愛の仮の姿だから。


ありがとう。これからも。

この命が星になるまで

燃え尽きる日まで


生きることを続けていきます。



節目の日に
あいをこめて






photo by bozzo






6/1で6年近く働いていた今の仕事を辞めることを
今日上司に伝えました。

わたしの中のひとつの区切りです。

6/1以降はしばらくゆっくり好きなことをしたり
学びたいことを学んで
行きたい場所へ行き

自分の好きなことだけで生きれるように
道をつくっていく予定です

もちろん唄も
来週は新潟の大好きな場所湯沢のgaiaにてliveします☆


こんなにたくさんの長い文を
読んでくれてありがとうございます

みなさんもすてきな日々を


love









Posted at 23:20 | ひとりごと | COM(0) |
2017.12.12

restart



太陽の光で満ち溢れ
風が吹き
雨が降り
時に虹を靡かせる大地のように

人だって毎日遷り変わっていい。


安定、固定、規律に沿って
同じリズムを刻んでいる事が
出来る人間だと社会は求めるかも知れないけれど

わたしたちは本当はもっと

自由で楽観的で本能的でいいはずなのだ。


短い命の旅で自分の直感を

心の本質を研ぎ澄ませて

この宇宙のダイナミックで繊細な美しさを


もっと堪能していいはずなのだ。






Posted at 11:15 | ひとりごと | COM(0) |
2017.05.14

memento mori




火で燃やした先に在るものは、
虚空に消えゆく無のみだ。


人の身体も、紙も。


生々しく血が流れる無数の細胞と業で覆われているこの姿も、
木々の白く薄い幾つもの重なり合う繊維も、

全ては灰になり、
粉々になり、
形を失い、
風にとけてゆく。


和紙の滑らかで人の肌のような温もりと、
指に残る灰の細やかな残骸。
そして感じる火の残り香。

燃えゆく火によって生まれた、
様々な色をした燃え跡と数々の穴。


火によって無くなる直前の、
この世界から姿を失う瞬間に、
まるでそれこそが真実の魂の姿だったと言わんばかりに、

美しく咲き乱れる小さな模様が
芸術家の手によって現れる。

火を操る魔術師の唄う祝詞の軌跡のように、
和紙には記憶から消えゆくことを怖れた
過去の残影が浮かび上がる。


そこには死にゆく儚さを持った美しさと、
生まれゆく強烈さを持った神々しさとが共存していて、

全世界が気がつけないほどに
生を纏い微かに振動しているようなのだ。

まるで炎の唄のようなその声に、
魂の奥深くが揺れ、
相変わらず理由もなく涙が溢れる。


たった一枚の燃えゆく穴の姿に、
わたしはなぜこんなにも揺さぶられているのか
分からない。

生きることも死ぬことも分かっているようで
何も分かっていないように。


人は生きることを実感する中で死を想い、
死に直面せざるを得なくて生を想う。


ただそこに在るもの。

生まれて怖れるもの。
失い気づくもの。


そのどちらも、強烈に美しい。
















ふと、1月の個展の日を想い出していたら
不思議な縁で今日一冊のbookが届いた。

そこにはdrawingも。

そしてまた文を綴りたくなり言葉を紡いだ。

美しくて
どこまでも美しくて。



ありがとう






specimen / 市川孝典 2012





















Posted at 22:08 | ひとりごと | COM(0) |
2015.10.26

天戸開き



答えは外ではなく内にあった。



そんなことはインドの旅を終えた時に
とっくに心得ている事だと思っていた。 


今振り返ってみればそれは頭の中での気づきであり、
潜在的な心はそれを消化していなかった、と思う。

内と外の狭間で
私はひたすら瞳に映る外の世界に没頭した。

旅をしている時の様に。
ただそれはどこまでも終わることが出来ない旅だった。

仮面をつけて仕事をしている時だけでなく、
きっと内観し瞑想し、寝ている時でさえも。
私は外にばかり答えを求めていた。

日常を生きていればそんなことは至って普通のことだ。
だからこそ何も不思議に思わずに、
ただひたすら外の世界へ埋没していった。

日々繰り広げられる出来事をエゴは
ドラマティックに肥大化させ大きくさせた。


外の世界は魅力的だった。


自分次第でその世界への見方が変わるという事など
想像も出来ないほど、そこで繰り広げられる世界は
外へ外へとさらに心を誘った。

そして気がつけば心が傷つき、また傷ついても、
魂の意志は外の言葉に心を揺さぶられる音にかき消され、
ずっと声をあげれないでいた。

内なる声は自分の唄を歌う事が出来ないでいたのだ。






それはなるべくしてそうなったかのように、
心が外の言葉で破壊される日が突然訪れた。




数週間かけてその衝撃波のなか、
ひたすらシンプルな生活をした。
早寝早起きをして、朝陽を浴びて、呼吸した。
食事がなかなか食べれなかったけれど、
薬草を摂ったりそれも自然に身体の意思に任せた。
ネットからも離れて携帯も傍に置き、
ただ日常の中で生を生きた。


そのゆっくりとした傷口を治し癒す間で、
やっと内側への道が見えてきた。

それは闇からまさに光への天戸開きのようで、
今までにない脱皮だった。

答えが得られないからこそ引き込まれていった心は、
そこでやっと人生の山を越えるための突破口は、
外側ではなく内側なんだと実感した。

そしてありとあらゆる雁字搦めになっていた
すべての感情を手放した。

いい意味でどうでもよくなって力が抜けた。


無くなるものは消えるし、無くならないものは残る。
ただそれだけのことだ。



内側が満たされていれば他に執着する必要もなくなる。
未来へのヴィジョンさえもコントロールしようとする
意味もないことに気づく。


自分がどうしたいのか、どうあるのが幸せなのか。


外の世界はその自らの心を反映した鏡にすぎないのだ。


不思議なことに内側へと意識が向かうと風通りが良くなり、
ずっとやりたかった事のアプローチが外から訪れたり、
具現化する旅がスムーズに、心地よく始まりつつある。

内側が満たされていれば外には惑わされない。
むしろありがたさや繋がりを感じる。

宇宙へ全部任せて、自然の生のリズムを感じ、
ありのままの自分でいいんだと言われた心は満たされて、
自分が楽しいと思えることを楽して楽しめるのだ。



本当の自由は誰も傷つかない。



本当の愛は自分を愛せた時に初めて表現できる。



そこには恐れも不安も比較も破壊もない。



今までは苦しめば気づきを得られる、
という時代だったのかもしれない。
しかしこれからの新しい時代は苦行は力にならないのだ。


巫女であるには修行して苦しんでこそだ、
との固定概念のなか、それに反して苦行して
山に入ることへの抵抗がずっとあったけれど
その理由もわかり始めている。

これからはもっと楽しんで巫女でいれるような、
人生を心から楽しめるような、
そんな道筋を人びとに広めてゆきたい。

もちろん今までの経験はすべて糧にはなるし、
大切なプロセスだけれど、
内側に光を感じてこそはじめて、
本当の意味での自分の旅が出来るから。



それを教えてくれたたくさんの外の世界に。

心からの愛をこめて。

自分が今したいことを楽しみながら出来ることを。





内側から、始めるのだ。


























Posted at 15:16 | ひとりごと | COM(0) |
2014.10.19

修験道が全てではない〈山と神と人と〉



来週秩父三峰山の滝行の予定が入っていたが、
今日になって行かないという決断をした。

私の中でこの決断は大きく、この事を通して山に対する思いや、
古神道・アニミズムに根ざす巫女としての一つのポリシーを
自ら知るきっかけになった。

ここ数日は滝行への緊張感が漂っていた。

頭で考えると巫女として行くべきだと思うのだが、
身体と心はそれを強く拒否する。

そこには自分にとって大切な場所に行く事とは思えない様な
拒絶反応があって、その理由をここ数日ずっと深く考察していた。

そして昨日眠りの途中、突然深夜に起きて、
結論としてはそれは修験道という道筋に対しての
女性として、巫女としての抵抗感だと気付いた。


私は幼い頃から両親に連れられてたくさんの山に登ってきた。

立山、鳥海山、槍ヶ岳、白馬、利尻、筑波山、甲斐駒ケ岳、
穂高、金時、金峰、男体山、仙丈、常念、美ヶ原、乗鞍、、、。

私にとって山は自分の呼吸を想い出させる大切な場所だ。

ここ数年の間に登った大峰山や富士山、御嶽山や三輪山などは
巫女を志してから行った山だけれど、
感じるものはいつも幼い頃感じていたものと共通していた。

まるで自分に回帰するように自然へと溶け込んだ。

自然と繋がり自分が自分で居られる、というその感覚は
心を強く惹きつける瞬間だった。


奈良大峰山では本格的な修験道の文化へも触れた。

女人禁制の文化を今日でも守る人々との触れ合い、
その中で自らの山との接し方について
明確な答えが出たのも事実だ。

私は女性としてのこの肉体を持って今を生きている。
それは変えられない事実だ。

修験道の文化が男性を中心につくられ、山の路をつくり、
守られ、伝承されてきた歴史に、
心から尊敬すると同時に
私は修験道それ自体は
理屈なく男性のものであるべきだとも感じた。

大相撲の土俵に女性が入れないのは
ジェンダーでも男尊女卑でもなく、
一つの文化を継承し守っているという事と同じだ。


ここで記しておきたいのは山の神様との接し方は
修験道が全てではないという事だ。

山をよく知る登山者からは多くの学びがあるという事も忘れてはならない。

自然の脅威に触れ、美しさと対面し、風を感じ、
自分の呼吸と木々とを奏で、花を見つけて、
山の空気を享受している彼らはたくさんの知識や経験
そこで培った目に見えない直感力がある。

白い服を纏って登る事は一つの文化であり
神様と接する上でのしきたりや慣習で
大切に守るべきものだと思う一方で、

それでないといけない、ただの登山者とは違う、
というような修験道独特のストイックで男性的、
時に排他的なそれは、
本質的にそして純粋に山に溶け込み大地を感じる事を
忘れてしまいがちな部分でもあるのだ。

例えば御嶽山ではほとんどの修験者は山頂を目指し
そのまま来た道を下山する。

私自身はコンクリートで固められた立派な鳥居や御本殿がある山頂よりも
山頂からまた一つ山を越えた場所にある聖地三ノ池で
壮大な自然神に圧倒されどこまでも心が惹かれた。

私は三ノ池に行かずして御嶽山は語れないと思うくらい、
あの場所は特別であったという自らの真実から、
行かずに下山する数多くの修験者達の姿が不思議でならなかった。

ただ同時に、自分の直感を信じ、愉しみ、悦びを感じ、
そして何よりも自由である事で
必要なタイミングで行くべき人は
行くべき場所へ辿り着く
という事もより鮮明に見えた経験にもなった。


山と神と人との関わり。

それにはもっと自由さがあってもいいと思う。
伝統を守り形式通り、を一回学んだ後で残るのは
自分の感覚、直感力のみだ。

宗教も哲学も文化も。

滝行に行かないからといって巫女として脱落したわけでもなく、
逃げているわけでもない。

私はいつだって純度高く、本質的でありたいと思っている。


巫女として、女性として、

この生を全うする一人の人として。





























Posted at 14:04 | ひとりごと | COM(2) |
2013.11.30

航海

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移住した南の島から帰って来て数ヶ月過ぎた、冬の終わりのある日。
東京の街の雰囲気に馴染めずに浮遊していた私は、
季節外れの色鮮やかなダリアを一輪持って
友人の展覧会に代々木上原のダイニングバーへ行った。

彼女のどこまでも細密で神秘的な絵画は彼女の生き方そのもので、
小宇宙のようでいて壮大な、まるでシダーやセージの大地の香りが
その描写の隙間から力強く香ってくるような、
そんな独自の表現に多くの人が魅了されていて、私もその内の一人だった。

jazzが流れる上品な空間にしっとりと馴染む美しい絵をじっくりと観た後、
久しぶりに再会した彼女と赤ワインを呑んで話をした。
たわいのない一通り話が終わりかけていたその時、
まるで煮え切らない気持ちで過ごしていた日々を振り払うように、
私は突然、彼女に質問を投げかけた。

それは前の話の内容からは脈絡もなくあまりにも唐突な事だったので、
少しその場の空気の流れ方が変わった気がしたし、鼓動が早くなっていくのを感じた。
それでも彼女はその違和感をまるで感じなかったかのように自然に答えてくれた。
全てが自然に当たり前のように、そしてそれ以外の答えはないというように。

「絵が描けなくなった時はある?」という私の質問に、彼女は「一度もない」と答えた。

それは本心からだったし、全世界に言い放つ力強い決意のような
混じりのない純粋な言葉だった。

私はその後に付け足す会話が上手く思いつかず、
そのままワインを飲み干して真っ赤な彼女の画集を購入して
ありがとうと言ってさよならをした。


その力強く美しい一言と自分の状態とを私はそれから数年に渡って比較し続けた。
自分には情熱や心持ちや努力が足りないのだと思った。
ステージから離れれば、私に残るものは何もない気がして
廃人同然だと自責の念に囚われた。

絵を描いても、アクセサリーをつくっても、恋をしても、
仕事に明け暮れても、遠い国へ旅をしても、その空虚感は拭えなかった。

20代の頃のように無謀で何にでも飛び込める時期は終わったのだと、
周りの仲間もそれぞれの生き方の中で結婚や仕事で
着実に現実的に生きる術を学び始めている事に戸惑った。
どうでもいいと突き放しつつ、何も出来ていない自分に何処かで焦りを感じていた。

すごく厄介だったのは外的にはごく普通に健康的だったことだ。
朝7時に起きて週5日の仕事もこなせるし、人とも会える。
お気に入りのワンピースで遠出することも出来る。

そんな平穏な毎日が、そこでのうのうと生きている自分自身が、
心の奥底でどうしても許せないでいた、ということを別にすれば、
私はいたって平穏で幸せな女の子だった。

気がつけば、小さな塵が積もり、私の心は耳を塞ぎ目を閉じ口を結んだ。
自分自身でさえも自分に出会うことが許されていない様な感覚だった。
音楽も本も芝居も観れなくなった。
何よりもそれが一番苦しかった。


孤独な航海の中で沈みかけた私の船は、そのまま沈みはしなかった。
これといったはっきりとした理由がある訳ではない。
救いの使者が舞い降りて来たわけでもない。

結局どうあがいても、仮の自分で生きようとも、私は私なのだと
思えるようになったからなのかもしれない。

不器用に一生懸命生きる人々の、
一人一人にあるそれぞれの生を少しずつ見させてもらっている内に、
私は私でしか歌えない唄があるのだと気付かされたのだ。
それは生きている人間全てが持っている、生というアートだった。

部屋で歌おうが山で歌おうがステージで歌おうがスクリーンの中で歌おうが、
どこで歌っても自分の唄はずっと自分の中に在る。
区切りを作らず、気張らずに、そのままでいいと教えてくれたのは
あんなにも毛嫌いしていた普遍的な日常だったのだ。

日常は私に自分自身への許しを学ばせてくれた。

許し出すと小さくうずくまっていた自分自身が泣いた。
何年間もずっとその時を待っていたかのように、涙は止めどなく溢れた。


この文章を書き記すことも、まだ進み出してはいない
船の舵を取るための一歩なのかもしれない。
もしくは知らない内にもう船はどこかへ進み出しているのかもしれない。

沈んでしまったら何もかも終わりだけれど、
この船さえあればどこまでも行けるという希望があることも知った。
まだまだ見ていない知らない世界がたくさんある。
そしてまだ見ていない自分自身も。


数年どうにかなってた、なんていいじゃない
それも次のゲームを愉しむ為のスパイスになるのよって、

そんな風に言える日も近いような気がするのだ。














Posted at 21:50 | ひとりごと | COM(0) |
2013.05.08

無音

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いま私は無音の中にいる

小さなイニシエーションの真ん中で
見えない微生物のように呼吸をしているみたいだ

言葉に紡ぐことも
音楽を聴くことも
踊りに街へゆくことも

すべてを忘れてしまったみたいに
まるで森の一部分になってしまったみたいに

静かに
透明に
ここで
呼吸をしている

ニュートラルに光る私の心の泉は
いまは無音の世界に浸るのを望んでいるのかもしれない

夏になれば
お気に入りの原色のワンピースを着て

ひらひらと太陽に合わせて
街へ繰り出そう

それまでは
透明の世界で

森にある苔のように佇むのだ















Posted at 18:29 | ひとりごと | COM(0) |
2013.03.27

満月の滝行

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花冷えの満月。
今日は滝行へ箱根の神山へ入りました。

山は霧と新緑と苔が広がり幻想的で、深い森の吐息に
触れているようなとても美しい時間でした。

もちろんまだ水は凍るほど冷たく、祝詞と真言を
凛とした心で唱えていても水の中でははじめ言葉も
出せないほど寒くて苦しい行です。

でも不思議なことに水は途中で急に冷たく感じなくなるのです。
心地よくていつまでも入っていられるような
そんな気持ちにさえなります。感覚が麻痺するのではなく、
感覚がしっかりとありながら水と一体になるその瞬間は、
他との隔たりをつくっては争う人間の感情とは次元の違う
世界が広がっています。

苦行とされるこれらの自然界での行は実は本質的な快楽と
いえるくらい喜びに満ちています。
大地はきっとそれを当たり前のように生きていて、
それを私たち行者は一瞬享受するのですが、
それは古来の人々からしたら決して特別なことではなく
日常の一部だったのだと思うのです。

自然と触れることは自分自身と触れること。
そして自分と他というその領域をも超えた時、
何か大きな存在に気づき大地は崇め守られてきたのだと思います。

まだ水が流れている感覚が続いている身体と共に
今日は水の夢をみたいと思います∞





すてきな日々を





Posted at 21:19 | ひとりごと | COM(0) |
2013.01.03

2013∞

Posted at 17:51 | ひとりごと | COM(0) |